孤独の恩送り

西岡咲貴

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7章 放火事件

63話 彼等を助けたい

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「姉さん、どうしてそんな無茶な事をするんだ?」

 考えている事は大体分かる。

 これは、彼女なりの「恩送り」なのだ。

 涼香ちゃんに助けられた命を今度は人の為に使おうと考えているに違いない。

「虐待に苦しむ子供なんて居ちゃいけないんだと思った。
 彼等を助けてあげられるのは、同じ経験をしてきた私だけ……。
 だから何とかしなきゃダメなんだ……」

 確かに虐待やネグレクトに苦しむ子供達が少しでも減れば良いなとは思う。

 けれど、世間から見て良い行いでない事は明らかだ。

 彼女のケースは、たまたま隣に住んでいた涼香ちゃんに筒抜けだったから助け出されたけど多くの場合、閉鎖空間である家庭内で起こる問題を他人が知る事はない。

「でも、本人達はそうやって助けられる事を望んでいないかもしれないじゃない?
 姉さんだって、そうしてくれた涼香ちゃんを恨んでいたし、僕はそのせいでお腹を刺されてしまった……」

 相談所に連絡してしまった場合は、通報者に責任があるかの様な風習……。

 それが抑止になっているのではないだろうか?

 もし違っていたら、自分が社会的に責められるのではないかと言う恐怖が通報する勇気をストップさせているのかもしれない。

「あの時は、お姉ちゃんにも颯太にも本当にすまない事をしたと思っているよ……。
 でも、今考えてみると二人には感謝もしているんだ。
 無理やりにでも私を救ってくれてありがとうって言いたい……。
 当時の私はママに依存していて、何も見えていなかったんだと思う。
 そのせいで、せっかく救ってくれたお姉ちゃんを恨んでいたし、颯太にも酷い事をしてしまったと……今なら分かる。
 何よりもママに愛されたいと思っていたし、褒められる事が凄く嬉しかった。
 でもそれではダメだったんだ……」

 語る彼女の眼は本気だった。

 放火なんて止めさせて家に連れ帰るつもりだったけど、本当に説得する事ができるのだろうか?

「味わった苦しみを他人に感じて欲しくないと言う気持ちは少し分かるつもりだよ。
 でも……」

 そう言いかけると彼女は水を一口飲み、鼻で笑った。

「温かい家庭に生まれた颯太に何が分かるって言うの!
 子供は生まれてくる時、親を選べないんだよ?」

 そう言われてしまうと確かに僕は分かった気になっているだけなのかもしれない。

 姉さんの悲惨だった状況を理解してあげる事などできる筈はなく、想像で語る事しかできないのだ。

 でもこのまま放火を続けさせる訳にはいかないので一旦深呼吸して、話したい内容を整理する。

「もう良いんだ……。
 後の事は大人に任せよう。
 本当なら姉さんだって学校に行っている歳じゃないか……。
 これ以上罪を重ねて欲しくないんだ」

 僕は強く抱きしめる。

 しかし本気な態度を見ていると、こんな演技では無理なのだと思えてくる。

「それでも困っている子が一人でも居るのなら、やるしかない……」

 姉さんは腕を振り払って、距離を取る。

 当然彼女はこんな事を遊びでやっている訳ではないし、中途半端な気持ちでやっている訳でもない。

「でも……」

 ただただ彼等を助けたいと言う気持ちが強いだけなのだ。
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