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6章 殺傷事件
57話 事件直後の状況
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「お兄ちゃん、ホントに良かった~」
僕が目覚めてすぐに麻衣と父さんが見舞いに来てくれた。
「止めろ、抱き着くな……。まだ痛んだ……」
そう言うと泣き続けていた妹は慌てて僕から離れた。
「ごめん……」
でも迷惑をかけたのは事実だし、こうやって心配してくれている事は本当によく分かる。
「まぁそう言ってやるな……。
お前がなかなか目を覚まさないもんだから、麻衣もずっと心配してたんだよ。
でも元気になって本当に良かった」
は?
「なかなか目を覚まさないってなんだよ……。
あれから何日経ってるんだ?」
あの事件は昨日の話ではないのか?
よくよく考えてみると、少し痛むもののこんなに早く回復する様な刺し傷ではなかった筈だ。
「先生から聞いていなかったのか?
お前が刺されたのは二ヶ月前だ……」
え?
僕の知らない所でそんなにも時間が経っていたのかと驚きを隠せずにいる。
「じゃあ、涼香ちゃんと結菜ちゃんはアレからどうなったんだ?」
一番気になっていた事を聞いてみると二人は黙り込んでしまった。
当然だけど、凄く言いにくい内容なのだろう。
「驚かずに聞いてくれる……?」
父さんが仕事の電話を受けて病室から出て行った後、麻衣は僕に問う。
「あの子に刺されたんだよ?
今更驚く事なんて何もない……。
それに、僕には知る権利がある筈だろ?」
妹は少し考え込むと、深呼吸して話し始める。
「分かった。話すよ……。
でもその前に教えて欲しい事があるの……」
何を聞くつもりなのかは分からないけど、自分に分かる事であるなら正直に答えよう。
「さっき父さんが言った様に、あの事件でこの病院に運ばれた日から約二ヶ月が経ってる。
お兄ちゃんは何処まで覚えているの?
最後の記憶は何?」
そう言われて、あの時の事を思い出してみる。
「祠の前で涼香ちゃんがあの結菜っていう子に刺されそうになって、必死に止めようとしたんだ。
そしたら、代わりに僕が刺されて……。
なんて言うか……痛みは殆どなかったんだ、ただ冷たかった……」
言いかけて、自分でもよく分からないと感じていると、
「冷たかったって?」
どう言う意味かと聞き返してきた。
「分からないけど、そんな気がしたんだ。
あの子は家族の温かさを知らないまま生きてきたんだろうなって感じで……。
その時、自分が犯罪に手を染めてでも彼女の命を助けたいと言う涼香の行動が分かった気がした……。
子供は生まれてくる時に親を選べないのに、たまたま恵まれた家庭に生まれた僕達が、彼女の事を色々言うのってなんだかモヤモヤするって言うか……。
涼香はそんな不公平な事が許せなかったんじゃないかな?」
言葉に出して、話してみると状況が整理されていくのが分かる。
「その時は何が起こったのか分からなかったけど、気が付いたら洞窟で倒れていた。
あの子が出て行った後、涼香も人を呼んでくるからと言って走り出したところまでは記憶がある……。
彼女の事を守らないとダメだと気を張っていたから、かろうじて意識があったけど一人になってからは何も覚えていない……」
状況から考えると、当然と言えば当然だと思う。
あんな状態で今生きている事の方が不思議なのではないだろうか?
「そっか……。
いくら涼香ちゃんの為だったからって、お兄ちゃんが死んじゃったらどうするの?
話し合いで何とかするとか、そう言う発想はなかったの?」
あの時泣いていたあの子は真剣だった。
こうやって会話ができるくらいまで回復した事で、あの子の罪が殺人ではなく、傷害で済む事を嬉しく思う。
母親から虐待されていた苦しみを分かってあげる事はできないので、せめて僕が生き続ける事で罪を軽くしてあげたかったのだ。
「話し合いで解決しようとしても、どうにかできたとは思えないよ……。
それで、僕が意識を失った後はどうなったんだ?」
後の事は何も知らない。
人を呼びに洞窟から出たとしても時間は遅くて雨も降っていたとするならば、海岸沿いの道には通行人すら居なかったのではなかろうか?
「母さんがよく連れて行ってくれた「辻本」っていう喫茶店の事を覚えてる?
涼香ちゃんはそこまで走って、救急車と警察を呼んだらしい」
長らく行っていないけど、まだあのお店はあったのかと思う程に懐かしい名前だ。
カレー味のホットドッグが凄く美味しかった記憶がある。
「ああ、覚えているよ。
でもちょっと待ってよ、あそこまではかなり距離がある。
僕達の足で直ぐに行けるような場所じゃないぞ?」
あんな所まで走っていったと言うのなら、かなりの時間洞窟で横になっていた事になる。
あるいは彼女が自転車で移動したとも考えられるが……。
「それでも行ったんだよ。
かなり必死だったんだと思う……。
自分のせいでお兄ちゃんが刺されたと思ったのなら、そんな事言っていられないでしょ?
あの日は、強い雨が降っていたからお兄ちゃんも涼香ちゃんも傘をさして徒歩で祠の所に行っている。
だから、ずぶ濡れで息を切らして走ってくれたんだと思うよ?」
僕達はまだ子供で、誰一人携帯電話と言うものを持たせてもらっていないのだから、走って人を探す以外にどうする事もできなかったのだろう。
「そっか……。
どうやって救急車を呼んでくれたのかは分かったけど、その後の彼女はどうなったの?」
こたえる事に少し躊躇している様だった。
僕が目覚めてすぐに麻衣と父さんが見舞いに来てくれた。
「止めろ、抱き着くな……。まだ痛んだ……」
そう言うと泣き続けていた妹は慌てて僕から離れた。
「ごめん……」
でも迷惑をかけたのは事実だし、こうやって心配してくれている事は本当によく分かる。
「まぁそう言ってやるな……。
お前がなかなか目を覚まさないもんだから、麻衣もずっと心配してたんだよ。
でも元気になって本当に良かった」
は?
「なかなか目を覚まさないってなんだよ……。
あれから何日経ってるんだ?」
あの事件は昨日の話ではないのか?
よくよく考えてみると、少し痛むもののこんなに早く回復する様な刺し傷ではなかった筈だ。
「先生から聞いていなかったのか?
お前が刺されたのは二ヶ月前だ……」
え?
僕の知らない所でそんなにも時間が経っていたのかと驚きを隠せずにいる。
「じゃあ、涼香ちゃんと結菜ちゃんはアレからどうなったんだ?」
一番気になっていた事を聞いてみると二人は黙り込んでしまった。
当然だけど、凄く言いにくい内容なのだろう。
「驚かずに聞いてくれる……?」
父さんが仕事の電話を受けて病室から出て行った後、麻衣は僕に問う。
「あの子に刺されたんだよ?
今更驚く事なんて何もない……。
それに、僕には知る権利がある筈だろ?」
妹は少し考え込むと、深呼吸して話し始める。
「分かった。話すよ……。
でもその前に教えて欲しい事があるの……」
何を聞くつもりなのかは分からないけど、自分に分かる事であるなら正直に答えよう。
「さっき父さんが言った様に、あの事件でこの病院に運ばれた日から約二ヶ月が経ってる。
お兄ちゃんは何処まで覚えているの?
最後の記憶は何?」
そう言われて、あの時の事を思い出してみる。
「祠の前で涼香ちゃんがあの結菜っていう子に刺されそうになって、必死に止めようとしたんだ。
そしたら、代わりに僕が刺されて……。
なんて言うか……痛みは殆どなかったんだ、ただ冷たかった……」
言いかけて、自分でもよく分からないと感じていると、
「冷たかったって?」
どう言う意味かと聞き返してきた。
「分からないけど、そんな気がしたんだ。
あの子は家族の温かさを知らないまま生きてきたんだろうなって感じで……。
その時、自分が犯罪に手を染めてでも彼女の命を助けたいと言う涼香の行動が分かった気がした……。
子供は生まれてくる時に親を選べないのに、たまたま恵まれた家庭に生まれた僕達が、彼女の事を色々言うのってなんだかモヤモヤするって言うか……。
涼香はそんな不公平な事が許せなかったんじゃないかな?」
言葉に出して、話してみると状況が整理されていくのが分かる。
「その時は何が起こったのか分からなかったけど、気が付いたら洞窟で倒れていた。
あの子が出て行った後、涼香も人を呼んでくるからと言って走り出したところまでは記憶がある……。
彼女の事を守らないとダメだと気を張っていたから、かろうじて意識があったけど一人になってからは何も覚えていない……」
状況から考えると、当然と言えば当然だと思う。
あんな状態で今生きている事の方が不思議なのではないだろうか?
「そっか……。
いくら涼香ちゃんの為だったからって、お兄ちゃんが死んじゃったらどうするの?
話し合いで何とかするとか、そう言う発想はなかったの?」
あの時泣いていたあの子は真剣だった。
こうやって会話ができるくらいまで回復した事で、あの子の罪が殺人ではなく、傷害で済む事を嬉しく思う。
母親から虐待されていた苦しみを分かってあげる事はできないので、せめて僕が生き続ける事で罪を軽くしてあげたかったのだ。
「話し合いで解決しようとしても、どうにかできたとは思えないよ……。
それで、僕が意識を失った後はどうなったんだ?」
後の事は何も知らない。
人を呼びに洞窟から出たとしても時間は遅くて雨も降っていたとするならば、海岸沿いの道には通行人すら居なかったのではなかろうか?
「母さんがよく連れて行ってくれた「辻本」っていう喫茶店の事を覚えてる?
涼香ちゃんはそこまで走って、救急車と警察を呼んだらしい」
長らく行っていないけど、まだあのお店はあったのかと思う程に懐かしい名前だ。
カレー味のホットドッグが凄く美味しかった記憶がある。
「ああ、覚えているよ。
でもちょっと待ってよ、あそこまではかなり距離がある。
僕達の足で直ぐに行けるような場所じゃないぞ?」
あんな所まで走っていったと言うのなら、かなりの時間洞窟で横になっていた事になる。
あるいは彼女が自転車で移動したとも考えられるが……。
「それでも行ったんだよ。
かなり必死だったんだと思う……。
自分のせいでお兄ちゃんが刺されたと思ったのなら、そんな事言っていられないでしょ?
あの日は、強い雨が降っていたからお兄ちゃんも涼香ちゃんも傘をさして徒歩で祠の所に行っている。
だから、ずぶ濡れで息を切らして走ってくれたんだと思うよ?」
僕達はまだ子供で、誰一人携帯電話と言うものを持たせてもらっていないのだから、走って人を探す以外にどうする事もできなかったのだろう。
「そっか……。
どうやって救急車を呼んでくれたのかは分かったけど、その後の彼女はどうなったの?」
こたえる事に少し躊躇している様だった。
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