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3章 アパート火災
36話 彼女への想い
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「じゃあな……」
いつも通りライザの交差点で二人と別れた後、コンビニの駐車場で誠と別れる。
家に帰り、手洗いうがいをした後、深呼吸をして棚の引き出しを開けた。
一番奥に隠しておいた隣の部屋を開ける為の鍵を手に取って確認する。
彼女が殺されるのではないかと感じた時に、緊急で沙綾香さんを止めに入る為のものとして複製しておいたのだ。
彼女が洗濯を教えて欲しいと言って私を部屋に招いてくれた時、テーブルの上に置いてあった鍵を拝借した。
オリジナルに関しては、別日に彼女が私の部屋でお風呂に入っていた時に元の場所に返しておいた。
複製した鍵でも、しっかり開け閉めできるかどうかの確認もその時に行っている。
元々の鍵は灰皿の下敷きになっていたので吸い殻を採取した時に見つけたけど、彼女達は鍵がなくなっていた事にさえ気が付いてはいなかった。
基本的には沙綾香さんが家を出て行くと、結菜ちゃんが内側から直にかけるので、鍵は実質不要である。
親子関係が良好ではないので事件に発展してしまう可能性も考えられるけど、その場合に私が犯人と疑われない為に鍵の指紋は綺麗に拭きとってある。
また別の引き出しから大量の吸い殻の入ったチャック付き食品保存用袋を取り出す。
こちらはDNA鑑定の為に隣の部屋から持ち出したもので、沙綾香さんが吸っていたと思われるタバコである。
「よし……」
毎晩の叫びと悲鳴を聞いていると、最近は結菜ちゃんが衰弱しきった声で泣いているのが分かる。
流石に数日に一度は食事を与えられていた様だけど、おそらくあの子の命も、そう長くはもたないだろうと思う。
結菜ちゃんは私にとって友人であり、助けたい大切な存在でもあるのだ。
彼女には生きていて欲しいし、母親に殺される様な事があってはならない。
私自身も「あの時、助けられたかもしれない」と後悔し続けながら生きていきたくはない。
だから今夜、罪を犯してでも助けようと決意した。
この方法が良くない事なのは自身が一番分かっているけど、無力な自分には正攻法で彼女を救う手段がないのだ。
こういう問題を専門に扱う児童相談所に頼ってみたものの何も解決できなかったのだから、事情を知っている私がどうにかするしかない。
大人が動いてくれるのを、指をくわえて待っているのでは尊い命が奪われてしまう。
自分の事を正当化しようとは思わないけど、罪滅ぼしは相手が生きているからこそ成り立つのだ。
そんなものは彼女を助けてからで良いし、罪をつぐなえる相手がいるのなら、いくらでもつぐなおう……。
彼女を助ける事こそ、颯太に助けられた恩送りだと思う。
次は私が恩を送る番だ。
毎日ずっと聞こえてくる隣の声や音で状況は常に把握できてはいたが、沙綾香さんが昨日から体調を崩して部屋で寝込んでいる。
ストレスによる精神疾患で不眠が続いた事もあって医者に処方された強めの睡眠薬を服用しているという事も分かっている。
夜は何日もずっと怒鳴られていたのが聞こえていたので、あの子もかなり疲弊していて、なかなか眠れていなかった様だ。
作戦を実行に移すのならば今日しかないだろう。
幸いこのアパートは二部屋しか使われていないので、他者にかける迷惑も最小限に抑える事ができる筈だ。
窓から見える景色が薄暗くなり、彼女達の会話が聞こえなくなってからそれなりの時間が経過していた。
一九時頃だろうか、確認の為にガラス製のコップを壁に付けて隣の小さい音を聞き取る。
いびきと寝息のまじりあった様な音が微かに二つ聞こえるのが分かったが、今までの経験から言って二人は多少の音で起きてしまう事はほぼないと言っていいだろう。
不自然な所に指紋を残さない為に新品の台所用 ゴム手袋を着け、複製した鍵の指紋を拭き取る。
鍵を開けて、そーっとあまり音を立てない様に部屋に入ると想定していた通り二人とも寝ていた。
今日は気温的に温かかったからだろうけど、寝込んでいた筈の沙綾香さんも掛け布団を纏っておらず、それはかなり離れた所にある。
私が使用した鍵は、よく探さないと見つからない様なゴミの詰まったビニール袋の隙間に置いた。
テーブルに置かれている彼女が使っていたであろう一〇〇円ライターで掛け布団に火を付けて、持ってきた吸い殻をその近辺にばらまく。
入れてきた食品保存用袋は流し台の水で濯ぎ、ポケットに入れる。
一旦自分の部屋に戻ると冷凍室からサーモンを取り出し、ラップを外してから持ち帰った保存用の袋に入れて元の場所に戻す。
流し台で、着けているゴム手袋に食器用洗剤をこすり付け、あたかも使用済みであるかの様にして干しておく。
私がやった事でこのアパートが燃えれば、彼女はこの生き地獄から解放されるだろう。
この火事が母親のタバコの不始末によるものだとメディアで取り上げてもらう事ができれば、流石に大人達は虐待の事実を知って、結菜ちゃんを保護してくれるに違いない。
いつも通りライザの交差点で二人と別れた後、コンビニの駐車場で誠と別れる。
家に帰り、手洗いうがいをした後、深呼吸をして棚の引き出しを開けた。
一番奥に隠しておいた隣の部屋を開ける為の鍵を手に取って確認する。
彼女が殺されるのではないかと感じた時に、緊急で沙綾香さんを止めに入る為のものとして複製しておいたのだ。
彼女が洗濯を教えて欲しいと言って私を部屋に招いてくれた時、テーブルの上に置いてあった鍵を拝借した。
オリジナルに関しては、別日に彼女が私の部屋でお風呂に入っていた時に元の場所に返しておいた。
複製した鍵でも、しっかり開け閉めできるかどうかの確認もその時に行っている。
元々の鍵は灰皿の下敷きになっていたので吸い殻を採取した時に見つけたけど、彼女達は鍵がなくなっていた事にさえ気が付いてはいなかった。
基本的には沙綾香さんが家を出て行くと、結菜ちゃんが内側から直にかけるので、鍵は実質不要である。
親子関係が良好ではないので事件に発展してしまう可能性も考えられるけど、その場合に私が犯人と疑われない為に鍵の指紋は綺麗に拭きとってある。
また別の引き出しから大量の吸い殻の入ったチャック付き食品保存用袋を取り出す。
こちらはDNA鑑定の為に隣の部屋から持ち出したもので、沙綾香さんが吸っていたと思われるタバコである。
「よし……」
毎晩の叫びと悲鳴を聞いていると、最近は結菜ちゃんが衰弱しきった声で泣いているのが分かる。
流石に数日に一度は食事を与えられていた様だけど、おそらくあの子の命も、そう長くはもたないだろうと思う。
結菜ちゃんは私にとって友人であり、助けたい大切な存在でもあるのだ。
彼女には生きていて欲しいし、母親に殺される様な事があってはならない。
私自身も「あの時、助けられたかもしれない」と後悔し続けながら生きていきたくはない。
だから今夜、罪を犯してでも助けようと決意した。
この方法が良くない事なのは自身が一番分かっているけど、無力な自分には正攻法で彼女を救う手段がないのだ。
こういう問題を専門に扱う児童相談所に頼ってみたものの何も解決できなかったのだから、事情を知っている私がどうにかするしかない。
大人が動いてくれるのを、指をくわえて待っているのでは尊い命が奪われてしまう。
自分の事を正当化しようとは思わないけど、罪滅ぼしは相手が生きているからこそ成り立つのだ。
そんなものは彼女を助けてからで良いし、罪をつぐなえる相手がいるのなら、いくらでもつぐなおう……。
彼女を助ける事こそ、颯太に助けられた恩送りだと思う。
次は私が恩を送る番だ。
毎日ずっと聞こえてくる隣の声や音で状況は常に把握できてはいたが、沙綾香さんが昨日から体調を崩して部屋で寝込んでいる。
ストレスによる精神疾患で不眠が続いた事もあって医者に処方された強めの睡眠薬を服用しているという事も分かっている。
夜は何日もずっと怒鳴られていたのが聞こえていたので、あの子もかなり疲弊していて、なかなか眠れていなかった様だ。
作戦を実行に移すのならば今日しかないだろう。
幸いこのアパートは二部屋しか使われていないので、他者にかける迷惑も最小限に抑える事ができる筈だ。
窓から見える景色が薄暗くなり、彼女達の会話が聞こえなくなってからそれなりの時間が経過していた。
一九時頃だろうか、確認の為にガラス製のコップを壁に付けて隣の小さい音を聞き取る。
いびきと寝息のまじりあった様な音が微かに二つ聞こえるのが分かったが、今までの経験から言って二人は多少の音で起きてしまう事はほぼないと言っていいだろう。
不自然な所に指紋を残さない為に新品の台所用 ゴム手袋を着け、複製した鍵の指紋を拭き取る。
鍵を開けて、そーっとあまり音を立てない様に部屋に入ると想定していた通り二人とも寝ていた。
今日は気温的に温かかったからだろうけど、寝込んでいた筈の沙綾香さんも掛け布団を纏っておらず、それはかなり離れた所にある。
私が使用した鍵は、よく探さないと見つからない様なゴミの詰まったビニール袋の隙間に置いた。
テーブルに置かれている彼女が使っていたであろう一〇〇円ライターで掛け布団に火を付けて、持ってきた吸い殻をその近辺にばらまく。
入れてきた食品保存用袋は流し台の水で濯ぎ、ポケットに入れる。
一旦自分の部屋に戻ると冷凍室からサーモンを取り出し、ラップを外してから持ち帰った保存用の袋に入れて元の場所に戻す。
流し台で、着けているゴム手袋に食器用洗剤をこすり付け、あたかも使用済みであるかの様にして干しておく。
私がやった事でこのアパートが燃えれば、彼女はこの生き地獄から解放されるだろう。
この火事が母親のタバコの不始末によるものだとメディアで取り上げてもらう事ができれば、流石に大人達は虐待の事実を知って、結菜ちゃんを保護してくれるに違いない。
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