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3章 アパート火災
35話 決意
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「おまたせ……」
ライザの交差点で待っていると、一人が一〇分程遅れてやってきた。
「誠、おせーよ」
颯太がそう言うと、遅れてきた彼は軽く頭を下げながら笑っていた。
「すまん、今日ちょっと寝坊しちゃってさ……」
いつもの温かい登校風景だった。
私を含めた四人は全員揃うと学校に向かって歩き出す。
沙綾香さんと話して、結菜ちゃんが遊びに来なくなってから少し経つけど、あの日から叫び声を聞かない夜はない。
私が彼女を刺激したとは言え、日に日に暴力の激しさは増し、声を聞いていても結菜ちゃんの元気がなくなっていくのがよく分かった。
しかし、もはや私にどうこうできる問題ではなくなっている上に、児童相談所に相談しても何も変わらなかった経緯もある。
生活保護についても少し調べてみたけど、彼女が言う一六パーセント前後とはどうやら事実らしい。
図書館に行って新聞を見てみると、貧困生活を送っているのに受給出来ず、自ら命を絶ったというシングルマザーや、餓死した遺体がしばらくして発見された等と言う記事がそこらへんに溢れている事を知った。
後藤家に関しては、沙綾香さんがボロボロになりながら働いているものの生活はかなり厳しい様だった。
もし彼女の言っていた「双極性障害」と言うのが事実であるならば、精神障害者保健福祉手帳の三級が取得できる筈だ。
そうなると年に約五八万三四〇〇円がもらえる筈ではあるけど、おそらくそれでは足りない。
また、国民年金を払っている事が条件になってしまうけど、この前の話からすると、未納である可能性も十分に考えられる。
「社会保険料の引き上げ」という言葉も出ていたので、逆にそんな事は彼女も知っているだろう。
「あなたの頭で考えられそうな事は一通り全部試した」とも言っていたので、私が今こうして調べている事も無駄なのかもしれない。
でも何とかして結菜ちゃんを救いたいと思うと何もしない訳にはいかないのだ。
「まぁまぁ、そんなに怒らなくても良いじゃない……。
誰だって寝坊の一回や二回あるでしょ?
私達だって失敗はあるんだから」
颯太は麻衣ちゃんにそんな事を言われて、誠に言い過ぎたと謝った。
彼女は兄とは違って、少し落ち着いている。
「涼香ちゃんもそう思うでしょ?」
考え事をしていて殆ど話を聞いていなかったのに、話を振られて少し焦る。
「ああそうだね……」
そんな適当な反応をしてしまった事で、彼女には考え事をしていた事に気付かれてしまった様だ。
「どうしたの?何か悩み事でも?」
流石によく人の事を観察していると思う。
「麻衣は優しいなぁ……流石はあの未祐さんの娘だよ。
颯太は一回寝坊してきたくらいですぐ怒るからなぁ、本当は未祐さんの息子じゃないんじゃないか?」
いつもの面白おかしい会話の流れである。
「何だと?じゃあDNA鑑定でもしてみるか?」
ディーエヌエー鑑定と言う言葉に凄く反応してしまった。
忘れていた事なのだが、私は結菜ちゃんが洗濯機の使い方を教えて欲しいと言ってきた時に彼女の部屋から沙綾香さんの唾液がべったりと付いたタバコの吸い殻を大量に採取しているのだ。
刑事ドラマ等でよく見る様に親子関係がハッキリ分かると思ったからだ。
仮に彼女達が親子でなければ、虐待から保護してもらう時に何かの役に立つのではないかと考えたからでもある。
しかし「この子は私が生んだのだから」と言っていた事で、親子関係はほぼ間違いないと確信し、採取した事など頭から消えていた。
「大丈夫?」
麻衣ちゃんは、返事がない私に再度声をかけてくる。
「あ、ごめん……。ちょっと寝不足でさ……」
まぁ毎日あんな叫び声と悲鳴を聞かされているので、なかなか眠れないというのは嘘ではない。
「問題がないんだったら良いんだけど、何かあったら遠慮せずに相談してね……」
彼女は優しい。
私はいじめられていた時に誰にも言えなかったので、一人で抱え込む性格だと思われているのかもしれない。
「そうそう。何かあったら一人で悩まずに、僕達に相談するんだぞ」
彼等を信用していない訳ではないけど、そんな面倒事に巻き込みたくはなかったし、何をされるか分からない沙綾香さんの事は言いたくなかった。
「大丈夫だよ、何もないから……」
本当は大丈夫などではなかったけど、仕方がない。
ライザの交差点で待っていると、一人が一〇分程遅れてやってきた。
「誠、おせーよ」
颯太がそう言うと、遅れてきた彼は軽く頭を下げながら笑っていた。
「すまん、今日ちょっと寝坊しちゃってさ……」
いつもの温かい登校風景だった。
私を含めた四人は全員揃うと学校に向かって歩き出す。
沙綾香さんと話して、結菜ちゃんが遊びに来なくなってから少し経つけど、あの日から叫び声を聞かない夜はない。
私が彼女を刺激したとは言え、日に日に暴力の激しさは増し、声を聞いていても結菜ちゃんの元気がなくなっていくのがよく分かった。
しかし、もはや私にどうこうできる問題ではなくなっている上に、児童相談所に相談しても何も変わらなかった経緯もある。
生活保護についても少し調べてみたけど、彼女が言う一六パーセント前後とはどうやら事実らしい。
図書館に行って新聞を見てみると、貧困生活を送っているのに受給出来ず、自ら命を絶ったというシングルマザーや、餓死した遺体がしばらくして発見された等と言う記事がそこらへんに溢れている事を知った。
後藤家に関しては、沙綾香さんがボロボロになりながら働いているものの生活はかなり厳しい様だった。
もし彼女の言っていた「双極性障害」と言うのが事実であるならば、精神障害者保健福祉手帳の三級が取得できる筈だ。
そうなると年に約五八万三四〇〇円がもらえる筈ではあるけど、おそらくそれでは足りない。
また、国民年金を払っている事が条件になってしまうけど、この前の話からすると、未納である可能性も十分に考えられる。
「社会保険料の引き上げ」という言葉も出ていたので、逆にそんな事は彼女も知っているだろう。
「あなたの頭で考えられそうな事は一通り全部試した」とも言っていたので、私が今こうして調べている事も無駄なのかもしれない。
でも何とかして結菜ちゃんを救いたいと思うと何もしない訳にはいかないのだ。
「まぁまぁ、そんなに怒らなくても良いじゃない……。
誰だって寝坊の一回や二回あるでしょ?
私達だって失敗はあるんだから」
颯太は麻衣ちゃんにそんな事を言われて、誠に言い過ぎたと謝った。
彼女は兄とは違って、少し落ち着いている。
「涼香ちゃんもそう思うでしょ?」
考え事をしていて殆ど話を聞いていなかったのに、話を振られて少し焦る。
「ああそうだね……」
そんな適当な反応をしてしまった事で、彼女には考え事をしていた事に気付かれてしまった様だ。
「どうしたの?何か悩み事でも?」
流石によく人の事を観察していると思う。
「麻衣は優しいなぁ……流石はあの未祐さんの娘だよ。
颯太は一回寝坊してきたくらいですぐ怒るからなぁ、本当は未祐さんの息子じゃないんじゃないか?」
いつもの面白おかしい会話の流れである。
「何だと?じゃあDNA鑑定でもしてみるか?」
ディーエヌエー鑑定と言う言葉に凄く反応してしまった。
忘れていた事なのだが、私は結菜ちゃんが洗濯機の使い方を教えて欲しいと言ってきた時に彼女の部屋から沙綾香さんの唾液がべったりと付いたタバコの吸い殻を大量に採取しているのだ。
刑事ドラマ等でよく見る様に親子関係がハッキリ分かると思ったからだ。
仮に彼女達が親子でなければ、虐待から保護してもらう時に何かの役に立つのではないかと考えたからでもある。
しかし「この子は私が生んだのだから」と言っていた事で、親子関係はほぼ間違いないと確信し、採取した事など頭から消えていた。
「大丈夫?」
麻衣ちゃんは、返事がない私に再度声をかけてくる。
「あ、ごめん……。ちょっと寝不足でさ……」
まぁ毎日あんな叫び声と悲鳴を聞かされているので、なかなか眠れないというのは嘘ではない。
「問題がないんだったら良いんだけど、何かあったら遠慮せずに相談してね……」
彼女は優しい。
私はいじめられていた時に誰にも言えなかったので、一人で抱え込む性格だと思われているのかもしれない。
「そうそう。何かあったら一人で悩まずに、僕達に相談するんだぞ」
彼等を信用していない訳ではないけど、そんな面倒事に巻き込みたくはなかったし、何をされるか分からない沙綾香さんの事は言いたくなかった。
「大丈夫だよ、何もないから……」
本当は大丈夫などではなかったけど、仕方がない。
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