31 / 87
2章 アパートの二人
30話 シーザーサラダも添えて
しおりを挟む
二人分の料理がそれぞれのお皿に盛りつけられて出てきた。
これが、カルボナーラと言うものなのだろうか?
「いただきます」
凄く美味しそうだ。
しかし、やった事が無いのでフォークにパスタを上手く絡める事ができなかった。
「こうやってパスタの隙間に軽く刺してから、フォークをグルッと回すんだよ……」
食べるのに苦戦している私を見て、食べ方を実演してくれた。
「ほら、やってみて」
笑いながらではあったけど、私が真似をするのを待っている様だった。
実際にやってみると、そんなに難しい事ではない。
フォークで巻き取った部分を口に入れ、はみ出たパスタをチュルチュルっと吸い込む。
「これ、美味しいよ!」
食べた事のない味ではあったけど、私の好みだった。
「それは良かった」
やはり人が「美味しい」と言って食べてくれた時は嬉しいものなのか、凄く喜んでくれている気がした。
あまりの美味しさに二口目、三口目と、どんどん口に入れていく。
「そんなに慌てなくてもパスタは逃げないんだから、もっとゆっくり味わって食べてよ……」
いや、パスタに限らず、食べ物は逃げると思う。
今という瞬間を逃がしてしまえば、次いつ食べられるのか分からないし、それが美味しいものなのかも分からないのだ。
水道水にティッシュや新聞紙を浸け、ずっとそれを噛んで餓えから耐えてきた私にとって、今の状況は天国だけど、それは今だけかもしれない。
「ほら、ついてるよ。
女の子なんだから、顔は綺麗にしておかないと……」
そう言われて嫌な記憶が蘇り、苦しくなる。
「女は顔よ、絶対に傷付けるのはダメ……」そんなママの言葉が私の頭の中で何度もリピートされた。
「止めて!」
ティッシュで口のまわりを拭いてくれ様としたお姉ちゃんの手がママと重なってしまって、はね除ける。
衝撃でテーブルから落ちるフォーク。
「ごめんね……」
我に返ると、優しくしてくれた筈なのに酷い反応をしてしまった事に申し訳なく思う。
「それは私の台詞だよ……。ごめんなさい……」
深呼吸して、心を落ち着ける。
殴られた事、蹴られた事、そんな辛くて痛かった事が、ここでお姉ちゃんと過ごせる幸せな時間を得られる様になってからはいくらでも耐えられた。
こんなアザだらけで汚ない私を見ても気持ち悪いとも思わず、普通に接してくれて、温かいご飯まで食べさせてくれるこの人にはとても感謝している。
そう分かっていても、今の態度は流石にダメなんじゃないだろうかと思ってしまう。
家から出た事もなく、誰にも助けを求められなかった私を唯一受け入れてくれた理解者だけど、ママとの生活の事を全て話したら避けられるかもしれないし、嫌われるかもしれない。
面倒臭い奴だと思われたらどうしようかと考えると、相談できない事が余計に苦しく感じる。
お姉ちゃんには、好きでいてもらいたいし、ママと同じくらい愛して欲しい。
私は、この人の事が大好きなのだ……。
憧れ、尊敬、崇拝……あえて言葉にするならそんな感情なのだと思う。
それは「この人の様になりたい」と強く望んでいる自分がいるからなのだ。
「結菜ちゃんが謝る事はないよ、私が悪いんだから」
落としたフォークを洗ってきてくれた。
「ありがとう……私ね……」
そう言いかけると、唇の前に人差し指を立てた。
「とりあえず、食べてよ。
せっかく美味しいと言ってくれたのに、冷めたらもったいないでしょ?話はその後で……ね?」
私は無言で頷いて、再びフォークで巻き取ったパスタを口に入れる。
ああ、やっぱり美味しい。
「それに、言いたくない事は焦って無理に話さなくて大丈夫だよ?
結菜ちゃんが、聞いて欲しいと思った時に話してくれれば良いんだからね……」
食べながらゆっくりと自分の言いたい事や話したい事を整理する。
初めて会いに来てくれた時の事を思い出すと、たぶん大体の事情は知られているのだと思う。
それでも私自身の口からちゃんと話したい。
「そう言えば忘れていたんだけど、昨日作っておいたサラダがあったんだ。
良かったら食べない?」
お姉ちゃんが作ってくれた料理なら、何だって歓迎だ。
「ありがとう、もらうよ」
せっかく美味しい食事を用意してもらっているのだから今は一旦食事に集中しよう。
「口に合うかは分からないけど……」
冷蔵庫から出てきたものは、凄く濃い緑色をしていた。
「それは?」
葉っぱの様なものがステンレスのボウルにどっさり入っている。
「シーザーサラダだよ……。
メインはロメインレタスだけど、ブロックベーコンとオリーブオイルはカルボナーラと共通した材料だから簡単にできるの。
ただ、すりおろしたニンニクとマスタードが入っているから、結菜ちゃんにはちょっと辛いかもしれない」
ニンニクとマスタードが何なのか分からないので味のイメージは出来ないけど、「辛いかも」という言葉に少しビビりながら恐る恐る口に入れてみる。
でもそんなには辛くなくて、寧ろ私の好みの味だった。
「これも本当に美味しい!凄いよ、お姉ちゃん……」
感動して、涙が出てきた。
これが、カルボナーラと言うものなのだろうか?
「いただきます」
凄く美味しそうだ。
しかし、やった事が無いのでフォークにパスタを上手く絡める事ができなかった。
「こうやってパスタの隙間に軽く刺してから、フォークをグルッと回すんだよ……」
食べるのに苦戦している私を見て、食べ方を実演してくれた。
「ほら、やってみて」
笑いながらではあったけど、私が真似をするのを待っている様だった。
実際にやってみると、そんなに難しい事ではない。
フォークで巻き取った部分を口に入れ、はみ出たパスタをチュルチュルっと吸い込む。
「これ、美味しいよ!」
食べた事のない味ではあったけど、私の好みだった。
「それは良かった」
やはり人が「美味しい」と言って食べてくれた時は嬉しいものなのか、凄く喜んでくれている気がした。
あまりの美味しさに二口目、三口目と、どんどん口に入れていく。
「そんなに慌てなくてもパスタは逃げないんだから、もっとゆっくり味わって食べてよ……」
いや、パスタに限らず、食べ物は逃げると思う。
今という瞬間を逃がしてしまえば、次いつ食べられるのか分からないし、それが美味しいものなのかも分からないのだ。
水道水にティッシュや新聞紙を浸け、ずっとそれを噛んで餓えから耐えてきた私にとって、今の状況は天国だけど、それは今だけかもしれない。
「ほら、ついてるよ。
女の子なんだから、顔は綺麗にしておかないと……」
そう言われて嫌な記憶が蘇り、苦しくなる。
「女は顔よ、絶対に傷付けるのはダメ……」そんなママの言葉が私の頭の中で何度もリピートされた。
「止めて!」
ティッシュで口のまわりを拭いてくれ様としたお姉ちゃんの手がママと重なってしまって、はね除ける。
衝撃でテーブルから落ちるフォーク。
「ごめんね……」
我に返ると、優しくしてくれた筈なのに酷い反応をしてしまった事に申し訳なく思う。
「それは私の台詞だよ……。ごめんなさい……」
深呼吸して、心を落ち着ける。
殴られた事、蹴られた事、そんな辛くて痛かった事が、ここでお姉ちゃんと過ごせる幸せな時間を得られる様になってからはいくらでも耐えられた。
こんなアザだらけで汚ない私を見ても気持ち悪いとも思わず、普通に接してくれて、温かいご飯まで食べさせてくれるこの人にはとても感謝している。
そう分かっていても、今の態度は流石にダメなんじゃないだろうかと思ってしまう。
家から出た事もなく、誰にも助けを求められなかった私を唯一受け入れてくれた理解者だけど、ママとの生活の事を全て話したら避けられるかもしれないし、嫌われるかもしれない。
面倒臭い奴だと思われたらどうしようかと考えると、相談できない事が余計に苦しく感じる。
お姉ちゃんには、好きでいてもらいたいし、ママと同じくらい愛して欲しい。
私は、この人の事が大好きなのだ……。
憧れ、尊敬、崇拝……あえて言葉にするならそんな感情なのだと思う。
それは「この人の様になりたい」と強く望んでいる自分がいるからなのだ。
「結菜ちゃんが謝る事はないよ、私が悪いんだから」
落としたフォークを洗ってきてくれた。
「ありがとう……私ね……」
そう言いかけると、唇の前に人差し指を立てた。
「とりあえず、食べてよ。
せっかく美味しいと言ってくれたのに、冷めたらもったいないでしょ?話はその後で……ね?」
私は無言で頷いて、再びフォークで巻き取ったパスタを口に入れる。
ああ、やっぱり美味しい。
「それに、言いたくない事は焦って無理に話さなくて大丈夫だよ?
結菜ちゃんが、聞いて欲しいと思った時に話してくれれば良いんだからね……」
食べながらゆっくりと自分の言いたい事や話したい事を整理する。
初めて会いに来てくれた時の事を思い出すと、たぶん大体の事情は知られているのだと思う。
それでも私自身の口からちゃんと話したい。
「そう言えば忘れていたんだけど、昨日作っておいたサラダがあったんだ。
良かったら食べない?」
お姉ちゃんが作ってくれた料理なら、何だって歓迎だ。
「ありがとう、もらうよ」
せっかく美味しい食事を用意してもらっているのだから今は一旦食事に集中しよう。
「口に合うかは分からないけど……」
冷蔵庫から出てきたものは、凄く濃い緑色をしていた。
「それは?」
葉っぱの様なものがステンレスのボウルにどっさり入っている。
「シーザーサラダだよ……。
メインはロメインレタスだけど、ブロックベーコンとオリーブオイルはカルボナーラと共通した材料だから簡単にできるの。
ただ、すりおろしたニンニクとマスタードが入っているから、結菜ちゃんにはちょっと辛いかもしれない」
ニンニクとマスタードが何なのか分からないので味のイメージは出来ないけど、「辛いかも」という言葉に少しビビりながら恐る恐る口に入れてみる。
でもそんなには辛くなくて、寧ろ私の好みの味だった。
「これも本当に美味しい!凄いよ、お姉ちゃん……」
感動して、涙が出てきた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

聖女の如く、永遠に囚われて
white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。
彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。
ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。
良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。
実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。
━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。
登場人物
遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。
遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。
島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。
工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。
伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。
島津守… 良子の父親。
島津佐奈…良子の母親。
島津孝之…良子の祖父。守の父親。
島津香菜…良子の祖母。守の母親。
進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。
桂恵… 整形外科医。伊藤一正の同級生だった。
秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

ダブルネーム
しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する!
四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

失せ物探し・一ノ瀬至遠のカノウ性~謎解きアイテムはインスタント付喪神~
わいとえぬ
ミステリー
「君の声を聴かせて」――異能の失せ物探しが、今日も依頼人たちの謎を解く。依頼された失せ物も、本人すら意識していない隠された謎も全部、全部。
カノウコウコは焦っていた。推しの動画配信者のファングッズ購入に必要なパスワードが分からないからだ。落ち着ける場所としてお気に入りのカフェへ向かうも、そこは一ノ瀬相談事務所という場所に様変わりしていた。
カノウは、そこで失せ物探しを営む白髪の美青年・一ノ瀬至遠(いちのせ・しおん)と出会う。至遠は無機物の意識を励起し、インスタント付喪神とすることで無機物たちの声を聴く異能を持つという。カノウは半信半疑ながらも、その場でスマートフォンに至遠の異能をかけてもらいパスワードを解いてもらう。が、至遠たちは一年ほど前から付喪神たちが謎を仕掛けてくる現象に悩まされており、依頼が謎解き形式となっていた。カノウはサポートの百目鬼悠玄(どうめき・ゆうげん)すすめのもと、至遠の助手となる流れになり……?
どんでん返し、あります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる