孤独の恩送り

西岡咲貴

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2章 アパートの二人

24話 恐怖の隣人

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 翌朝、いつもの様にママより先に起きた。

 シャワーのせいで濡れていたはずだった服は、夜も気温が高かったせいか乾いていた。

 何度も蹴られたお腹は痛むけど、そうも言っていられない。

 機嫌よく仕事に送り出さなければ、また痛い思いをしなくてはならないのだ。

 逆に言えばママを怒らせる事無く送り出せれば私は幸せなのだと思う。

 横になって休むのはそれからでも良いと、今は痛みを耐える事にした。

「ママ、おはよう。
 朝だよ……起きて」

 身体をゆする。

「人よりスッキリ起きられるタイプ」とよく言っていたけれど、他の人を知らないのでよく分からない。

 ママは着替えて身なりを整えると、さっさと家を出て行く。

「じゃあ、お仕事行ってくるね。
 ご飯は冷蔵庫の中の物を適当に食べてね。
 行ってきます」

 いつもの出かける前の挨拶だ。

「行ってらっしゃい。
 お仕事頑張ってね……」

 そう言って玄関の鍵をかける。

「うぅぅぅぅぅ……」

 緊張が途切れると何度も蹴られたお腹が痛かった事を思い出す。

 布団に戻り、お腹をさすりながら少し横になる。

 これから三日間はまともな食事ができないと思うと余計にお腹がすくのが分かった。

 私は誰とも会っていないし、玄関の扉も開けた事などないと言うのにいったい誰が相談所に通報したと言うのだろうか?

 ママが外で愚痴を言っていないのなら、誰かが私の事を知るなんてありえない筈なのに……。

 喉の渇きは水道水を飲んで満足させ、空腹はティッシュをその水に浸して口に入れる事で満たした。

 噛み続けていると気持ちも痛みも紛れるのが唯一の救いだった。

 私はまだ生きていられる。

 そう思いながらうとうとしていると、玄関の扉が何度かノックされた。

 相談所の人が今日も来たのだろう。

 昨日もやっていない事で怒られたけれど、これ以上ママを困らせる訳にはいかないし、病気を治す事ができないのならあの人達は私にとっても敵でしかない。

 再びノックの音が部屋に響く。

 しつこい人達だ、早く帰ってくれないかな?

 こんな生活から早く助けて欲しいと言う気持ちはあるけど、ママを傷付けたくないという気持ちもあって、心はぐちゃぐちゃになっている。

「助け……て……」

 自分以外に誰もいない部屋の中で、空腹や痛みと孤独感が私を襲う。

 相談所の人、早く帰ってよ……もう私に関わらないで……お願いだから……。
 
 あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁー
 
「隣の部屋の西宮涼香です」

 そんな救いの声が聞こえた。

 相談所の人じゃないの?

 西宮?

 ママとの事が精一杯で、隣に人が住んでいた事さえ知らなかった。

「結菜ちゃん、一緒にご飯食べない?」

 私の名前を知っている?何故?

 ママが話したの?

 でもご飯はそろそろ食べないと死んでしまう。

 今でさえ空腹は、かなり限界だった。

 何かを食べられるなら、後でママに怒られたとしても仕方がないとさえ思えた。

「はい……」

 玄関の扉をそーっと開けて、外を覗く……。

 約束を破ってごめんなさい……。
 約束を破ってごめんなさい……。
 約束を破ってごめんなさい……。
 約束を破ってごめんなさい……。
 約束を破ってごめんなさい……。
 約束を破ってごめんなさい……。

「あの……大丈夫……?」

 私と同じか、少し年上のお姉ちゃんがこちらを見ていた。

 ママ以外の人と会う事も話す事もなかったから気にした事はなかったけど、何日も同じヨレヨレの服を着て、髪はのびたままボサボサで、自分が凄く惨めなのだと気が付いた。

「何が……?」

 その質問は何なのだろうか?

 大丈夫なはずがない……のは見れば分かる事じゃないか?

 そんな「大丈夫」という無責任な言葉は私には重い。

「ありがとう……大丈夫だよ……」

 にこりと微笑んでみせた。

 仮に助けを求めれば何かをしてくれると言うの?

 この人も相談所と同じで、何もできない。

 それどころか、こんな惨めな私を笑いに来ただけなのかもしれない。

 恵まれているあなたとは違うのだ……。

 ご飯という言葉に釣られて出てきてしまったけれど、これ以上関わるつもりはない。

 今部屋に戻れば、ママにも玄関を開けた事はバレない筈だ。
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