孤独の恩送り

西岡咲貴

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2章 アパートの二人

21話 大好きなママへ

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 辛い……苦しい……。

 ママが強く抱きしめてくれると分かっていても、殴られたり蹴られたりして痛くない筈がない。

 いくらアザが愛されている証だと思ったところで、傷は疼くし、その痛みに耐え切れずに嘔吐し、どんどんと食欲がなくなっていくのも分かった。

 こんな状況になる前だってろくなご飯をもらっていなかった気がするけど、こうなってからは特に体重が減っている気がした。

「じゃあママ、お仕事行ってくるね。
 ご飯は冷蔵庫の中の物を適当に食べてね。
 行ってきます」

 基本的に毎朝そんな事を言って、家を出ていく。

「行ってらっしゃい。
 お仕事頑張ってね……」

 玄関まで送ってから鍵をかける。

 その後は痛い所を手でさすりながら、二度寝する。

 出社前のママは比較的機嫌が良い事が多く、普通にしていれば朝は挨拶程度で会話は終わる。

 起きて見送る為に寝坊しない様に気を付ける事と痛みや体調の悪い所を極力見せない様にする事が大切だ。

「うぅぅぅぅぅ……」

 私以外に誰もいなくなった部屋は、痛みを和らげるために横になってゴロゴロしていても怒鳴りつける人はいない。

「冷蔵庫の中の物を適当に食べてね」という言葉は基本的に口癖の様に言っているだけで、実際に冷蔵庫の中には何も入っていない。

 ママが居る夜にのみ半額シールの貼られた激安スーパーのお惣菜が出てくるけど、それも毎日ではないので、常に空腹状態だ。

「あぁ、お腹すいたな……」

 一人になった部屋では誰にも傷付けられる事はなくて心は穏やかだったが、食べ物を調達する事ができないために空腹が続く。

 今日の晩御飯は食べられるのか?

 次のご飯は何日後か?

 そんな事ばかり考えていたけど、だからと言って「この部屋が全て」の私にとって外に出る事は出来なかったし、ママの笑う顔が見たくて言いつけを守り続けた。

 水道水の入ったガラスのコップにティッシュや新聞紙を浸し、口に放り込む。

 ずっと噛み続けていると、だんだんと甘く感じてくるし、空腹も少し紛れる様な気がした。

 また、空腹を紛らわせるにはテレビを見るのも効果的だった。

 料理番組だけは余計にお腹がすくのでダメだったけど、その他は見ていると別の事を考えられて、お腹がすいている事を忘れられる……。

 特に「赤ちゃんがパチンコに行く親の車に放置されて死んでしまった」という事件や「子供が親に殺された」等というニュースを見ると、自分が如何に恵まれているのかが分かる。

 殴られると痛くて辛いけど、それでも殺される事はなくて私は元気に生きている。

 パパは何処で何をしている人なのか分からないけど、ママは私を愛してくれている。

 今は病気で辛い思いをしているかもしれないけど、病院にも通っているし、きっとよくなる筈だ……。

 ママが元気になればずっと一緒にいられるし、もっと褒めてもらえる……。

 そんな大好きなママが居る私の生活は、誰が何と言おうと幸せに違いない。

「結菜―ただいま……」

 仕事帰りのママは帰ってくるなり、ハグをして頬にキスをしてくれた。

 かなりお酒臭かったけど、機嫌が良くて笑って話しかけてくれるのが凄く嬉しかった。

 私は抱かれるママの腕の中で強く抱きしめ返した。

「寂しかったの?
 はい、コレご飯だよ……」

 いつもと同様に「ライザ」と書かれたスーパーのビニール袋に半額シールの貼られたお惣菜のパックが二つと割り箸が二善入っている。

 おそらくはママも食べるつもりで買ってきたパックなのだとは思うけど、お酒に酔って帰ってきた翌日は前日の記憶がないために私が一人で食べてしまっても気が付かない。

「ほら、風邪ひくよ……」

 寝る前に飲むと言っていた病院の薬を何種類か袋から一錠ずつ出して、水と一緒に飲ませる。

 布団をかけて、寝た事を確認するとスーパーの袋から出したお惣菜を二パック食べる……。

 冷めてはいるものの、水に浸したティッシュや新聞紙なんかとは比べ物にならない程美味しい。

 お腹が満たされるとママの隣で眠る。
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