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2章 アパートの二人
17話 筒抜けるボロアパートの壁
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「ごめんなさい……。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
午前三時、少女がひたすら謝る声で目を覚ました。
薄い壁のせいで隣の部屋の声がよく聞こえる。
「やばい……また始まった……」と隣に聞こえない程度の小声で呟いた。
少し前から毎日の様にこんな謝る少女の声と怒鳴り散らす母親の声が聞こえてくる様になった……。
隣の部屋は沙綾香さんが一人で住んでいると思っていたけど、どうやら彼女には娘がいたらしい。
外で会っても丁寧に挨拶をしてくれるし、もっと言うならば軽く世間話もできる仲だった。
聞こえてくる声で、子供がいた事をつい最近知った。
声質からして私と同い年か、それより少し幼いくらいだろうか……。
沙綾香さんは何にそんな怒っているのか分からないけど、間違いなく言えるのは、「しつけ」の域を超えていると言う事だ。
いわゆる【虐待】や【家庭内暴力】というやつだろう。
少女が謝った直後、怒鳴り声と凄い音が何度も聞こえてきて、私は耳を塞いだ。
このアパートはうちと隣しか住んでおらず、残りの部屋は空き部屋になっているので少しくらい騒いだところで外には聞こえない。
この声を聞くまではこんな酷い事のできる人だとは思っていなかったけど、私がその様に感じているのだから近所の人もおそらくは気の良い隣人だと思っているに違いない。
実質一人暮らしの私は部屋に居る時に殆ど喋らないので、二部屋しか使用されていないこのアパートの壁が薄く、隣の声がよく筒抜けで聞こえる事を彼女は知らないのだろう。
夜になると毎日の様に聞こえてくる少女の母親に対する謝罪と、悲鳴の叫び、強烈な暴行音に私は耐え切れなかった。
当事者ではないにせよ、他人事とは思えなかった。
たまたま一週間に一度しか帰ってこず、暴力を振るわない母親だっただけだ。
場合によってはその状況がうちだった可能性もあり、毎晩の様にこんな騒ぎを聞いていると、子供は親を選べないのだと痛感する。
そう考えると、気付いた私が彼女を何とか救いたいと思うのも不思議ではないだろう。
颯太が言ってくれた「恩送り」をするのは今なんじゃないかと思えてきた。
母親が誰に対しても怒鳴り散らすサイコパスならば近所の住人も気付く事ができたと思うが、彼女の場合は外に対して優しそうな仮面を付けているのだ。
更に言えば常に怒っている訳ではなく、少女に対して手を上げた後、「大丈夫?」や「痛かった?」「ごめんね」などと言っては手当をしながら謝っている事も頻繁にあった。
同じ相手に対してここまで態度がころころ変わることはとても歪だと思う。
しかし、日に日に暴力も怒鳴り散らす激しさも増していて、少女が殺されてしまうのではないかと感じていた。
「おい、聞いてんのか?」
また始まった。
「ごめんなさい……。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
彼女の謝罪で、私の心は苦しくなっていく。
「こっちはあんな男の子供を女手一つで育ててやっているんだぞ!」
殴られる様な激しい音は回数も頻度も増える様になっていく。
彼女を救いたいと思っているのは噓偽りのない事実ではあったが、虐待されている事を知っているからと言って、彼女達の声にビビっているだけの無力な私に何ができると言うのだろうか?
そんな風に考えてしまっていた部分はあったものの、このままでは大事件になってしまうのではないかと思った。
勇気を出して番号を調べ、公衆電話から児童相談所虐待対応ダイヤルに電話した。
颯太や麻衣ちゃんに助けてもらう前までの私であれば、見て見ぬふりをしていただろう。
隣の部屋で女の子が虐待されている事を知っていたとしても、仮に通報してそれがバレた時に何かされるのが恐かったからだ。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
午前三時、少女がひたすら謝る声で目を覚ました。
薄い壁のせいで隣の部屋の声がよく聞こえる。
「やばい……また始まった……」と隣に聞こえない程度の小声で呟いた。
少し前から毎日の様にこんな謝る少女の声と怒鳴り散らす母親の声が聞こえてくる様になった……。
隣の部屋は沙綾香さんが一人で住んでいると思っていたけど、どうやら彼女には娘がいたらしい。
外で会っても丁寧に挨拶をしてくれるし、もっと言うならば軽く世間話もできる仲だった。
聞こえてくる声で、子供がいた事をつい最近知った。
声質からして私と同い年か、それより少し幼いくらいだろうか……。
沙綾香さんは何にそんな怒っているのか分からないけど、間違いなく言えるのは、「しつけ」の域を超えていると言う事だ。
いわゆる【虐待】や【家庭内暴力】というやつだろう。
少女が謝った直後、怒鳴り声と凄い音が何度も聞こえてきて、私は耳を塞いだ。
このアパートはうちと隣しか住んでおらず、残りの部屋は空き部屋になっているので少しくらい騒いだところで外には聞こえない。
この声を聞くまではこんな酷い事のできる人だとは思っていなかったけど、私がその様に感じているのだから近所の人もおそらくは気の良い隣人だと思っているに違いない。
実質一人暮らしの私は部屋に居る時に殆ど喋らないので、二部屋しか使用されていないこのアパートの壁が薄く、隣の声がよく筒抜けで聞こえる事を彼女は知らないのだろう。
夜になると毎日の様に聞こえてくる少女の母親に対する謝罪と、悲鳴の叫び、強烈な暴行音に私は耐え切れなかった。
当事者ではないにせよ、他人事とは思えなかった。
たまたま一週間に一度しか帰ってこず、暴力を振るわない母親だっただけだ。
場合によってはその状況がうちだった可能性もあり、毎晩の様にこんな騒ぎを聞いていると、子供は親を選べないのだと痛感する。
そう考えると、気付いた私が彼女を何とか救いたいと思うのも不思議ではないだろう。
颯太が言ってくれた「恩送り」をするのは今なんじゃないかと思えてきた。
母親が誰に対しても怒鳴り散らすサイコパスならば近所の住人も気付く事ができたと思うが、彼女の場合は外に対して優しそうな仮面を付けているのだ。
更に言えば常に怒っている訳ではなく、少女に対して手を上げた後、「大丈夫?」や「痛かった?」「ごめんね」などと言っては手当をしながら謝っている事も頻繁にあった。
同じ相手に対してここまで態度がころころ変わることはとても歪だと思う。
しかし、日に日に暴力も怒鳴り散らす激しさも増していて、少女が殺されてしまうのではないかと感じていた。
「おい、聞いてんのか?」
また始まった。
「ごめんなさい……。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
彼女の謝罪で、私の心は苦しくなっていく。
「こっちはあんな男の子供を女手一つで育ててやっているんだぞ!」
殴られる様な激しい音は回数も頻度も増える様になっていく。
彼女を救いたいと思っているのは噓偽りのない事実ではあったが、虐待されている事を知っているからと言って、彼女達の声にビビっているだけの無力な私に何ができると言うのだろうか?
そんな風に考えてしまっていた部分はあったものの、このままでは大事件になってしまうのではないかと思った。
勇気を出して番号を調べ、公衆電話から児童相談所虐待対応ダイヤルに電話した。
颯太や麻衣ちゃんに助けてもらう前までの私であれば、見て見ぬふりをしていただろう。
隣の部屋で女の子が虐待されている事を知っていたとしても、仮に通報してそれがバレた時に何かされるのが恐かったからだ。
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