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1章 神様を信じますか?
11話 病院にて
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「三人ともお見舞いに来てくれてありがとう」
涼香が目を覚ましたと言う連絡を受けて、学校帰りに颯太と麻衣と三人でお見舞いに来ることにした。
火事があった事も彼女が入院したことも、俺が知ったのは全てが終わった後だった。
目覚めたばかりの彼女は心配させまいと笑顔を無理に作っていたが当然空気は重い。
二人の母親は逃げ遅れた涼香を助ける為に犠牲となって亡くなったのだから無理もないし、彼女が回復したからと言って正直に喜べないのかもしれない。
俺も良くしてもらったし、家に遊びに行っては美味しい夕食をよくご馳走になった。
うちの母とは高校時代の親友だったらしく、亡くなったという話は我家にとっても他人事ではなかった。
しかし、悲しんでばかりも居られないし、今は涼香が元気に目覚めた事を喜ぼう。
颯太の方を見ると花瓶の水を変えて花を飾ろうとしている所ではあったが、凄く複雑そうな表情をしていた。
彼女はこうして無事に目を覚ましたけど、二人の母親は亡くなってしまったのだから良かったと涼香の回復を心から喜べる心境ではない筈だ。
「ごめん……」
彼は、入院生活を退屈させない為に買ってきた漫画雑誌を彼女に渡し、一人で病室を出て行ってしまった。
母親が亡くなったなんて、そう簡単には受け入れられるものではないのだろう。
病気で余命が教えられていた訳でもなく、突然に亡くなったのだから尚更だ。
これからもずっと一緒にいてくれると思っていた人が急に居なくなったのだから悲しくない筈がない。
兄が出て行き、病室に残された麻衣はどうするべきか悩んでいる様だったので、
「涼香には俺がついているから麻衣はあいつを追いかけろ……分かってやれるのはお前だけなんだから」
と言って病室から追い出した。
「私、何か颯太の気に障る様な事したかなぁ?」
目覚めて間もない彼女は知る筈もない。
「いや、何でもない……」
俺はベッド横のパイプ椅子に座ると果物ナイフを手に取る。
「涼香も林檎好きだったよな?
“もりのかがやき”って知っているか?」
持ってきた袋から林檎を取り出す。
「コレなんだが、希少な品種らしい……」
無言のまま何かを考えている様だったが、俺は皮をむき始める。
誰かから口止めされている訳ではないけど、本調子ではない彼女に二人の母親が亡くなったという辛い話をしたくはなかった。
「気を遣ってくれるのはありがたいけど、私にも教えてくれないかな?
ここ数日間の記憶は無いから、何があったのか知らない事で人を傷付けるのは嫌だ……」
正直彼女にその話をする事は気が進まなかったが、どちらにせよいずれは知られる事になるなら今話しても大差はないように思えてきた。
それに、彼女自身も話してほしいと言っているのだから望みを叶えてやっても問題はないはずだ。
「分かった……。
でもせっかく皮をむいたから食べてからにしよう」
そう言って、食べやすいサイズに切った林檎に爪楊枝を刺す。
「ありがとう」
彼女は手を伸ばし、一切れ取って口に放り込んだ。
「確かに美味しい。
けど“もりのかがやき”なんて聞いた事のない品種だね……」
あまり出回っていない希少品種らしいので、聞いた事が無くても当然なのかもしれない。
「気に入ってくれたのなら良かった……」
颯太と麻衣にも聞いてみたが「そんな品種は知らない」と言っていたので、世の中的には本当に認知されていないのだろう。
「それで、なんだけど……」
深呼吸する。
「そんなに改まらないと、できない話なの?」
彼女はそれほど深刻な話だとは思っていない様子だった。
「未祐さん、亡くなったんだ……。
涼香を助けに行って……あの火事で……」
彼女は俺の話を静かに聞いて真っ青な顔になったかと思うと、しばらくの沈黙が続いた。
「そっか……。
それなら、私はあの二人に恨まれても仕方ないのかもしれないね……。
私がさっさと建物の外に出られていれば、こんなことには……ならなかったのに……」
彼女は友人の母の死を知り、涙が溢れる。
「ごめんなさい……」
袖で涙を拭きながら話し続ける。
「私……颯太や麻衣ちゃんに、助けてもらって……まだお返しできていなかったのに……。
恩返しなんか考えずに、恩送りしろと言ってくれたけど、私のせいで……。
二人を悲しませるつもりなんてなかったのに……」
彼女の手を握る。
「颯太も麻衣も、きっと分かってくれるさ……。
涼香が悪い訳じゃないんだから」
振り払われる。
「そうじゃないのよ……。
私があの子を助けようとしたばかりに、未祐さんは……」
彼女の言っている意味が分からなかった。
「どういう事?
あの子って、誰の事?」
「未祐さん」とは二人の母親の事であるが、「あの子」が誰の事なのか分からない。
その場でそんな質問をするべきではなかったと後悔したが、既に遅い。
今まで普通に話せていた彼女は急に胸をおさえ、苦しみ始めた。
「おい、どうした?大丈夫か?」
何が起こっているのか分からず、俺はかなり焦る。
彼女が掴もうと伸ばした手の先にあるナースコールのボタンを代わりに連打した。
「しっかりしろ!」
少しして、看護師と主治医が飛んできた。
俺は何の力にもなる事ができず、彼等の邪魔にならないようにベッドから離れる事しかできなかった。
ストレスによる発作性の過呼吸だった様だが、原因は俺だ。
思い出したくない事について質問を重ねたからだろう。
本人が望んでいたとしても颯太と麻衣の母親が亡くなった事については話すべきではなかった。
涼香を助けに行って亡くなっているのだから、責任を感じるなと言う方が無理な話だ。
彼女の口から少し言葉が出た「あの子」とはいったい誰の事だったのだろうか?
涼香が目を覚ましたと言う連絡を受けて、学校帰りに颯太と麻衣と三人でお見舞いに来ることにした。
火事があった事も彼女が入院したことも、俺が知ったのは全てが終わった後だった。
目覚めたばかりの彼女は心配させまいと笑顔を無理に作っていたが当然空気は重い。
二人の母親は逃げ遅れた涼香を助ける為に犠牲となって亡くなったのだから無理もないし、彼女が回復したからと言って正直に喜べないのかもしれない。
俺も良くしてもらったし、家に遊びに行っては美味しい夕食をよくご馳走になった。
うちの母とは高校時代の親友だったらしく、亡くなったという話は我家にとっても他人事ではなかった。
しかし、悲しんでばかりも居られないし、今は涼香が元気に目覚めた事を喜ぼう。
颯太の方を見ると花瓶の水を変えて花を飾ろうとしている所ではあったが、凄く複雑そうな表情をしていた。
彼女はこうして無事に目を覚ましたけど、二人の母親は亡くなってしまったのだから良かったと涼香の回復を心から喜べる心境ではない筈だ。
「ごめん……」
彼は、入院生活を退屈させない為に買ってきた漫画雑誌を彼女に渡し、一人で病室を出て行ってしまった。
母親が亡くなったなんて、そう簡単には受け入れられるものではないのだろう。
病気で余命が教えられていた訳でもなく、突然に亡くなったのだから尚更だ。
これからもずっと一緒にいてくれると思っていた人が急に居なくなったのだから悲しくない筈がない。
兄が出て行き、病室に残された麻衣はどうするべきか悩んでいる様だったので、
「涼香には俺がついているから麻衣はあいつを追いかけろ……分かってやれるのはお前だけなんだから」
と言って病室から追い出した。
「私、何か颯太の気に障る様な事したかなぁ?」
目覚めて間もない彼女は知る筈もない。
「いや、何でもない……」
俺はベッド横のパイプ椅子に座ると果物ナイフを手に取る。
「涼香も林檎好きだったよな?
“もりのかがやき”って知っているか?」
持ってきた袋から林檎を取り出す。
「コレなんだが、希少な品種らしい……」
無言のまま何かを考えている様だったが、俺は皮をむき始める。
誰かから口止めされている訳ではないけど、本調子ではない彼女に二人の母親が亡くなったという辛い話をしたくはなかった。
「気を遣ってくれるのはありがたいけど、私にも教えてくれないかな?
ここ数日間の記憶は無いから、何があったのか知らない事で人を傷付けるのは嫌だ……」
正直彼女にその話をする事は気が進まなかったが、どちらにせよいずれは知られる事になるなら今話しても大差はないように思えてきた。
それに、彼女自身も話してほしいと言っているのだから望みを叶えてやっても問題はないはずだ。
「分かった……。
でもせっかく皮をむいたから食べてからにしよう」
そう言って、食べやすいサイズに切った林檎に爪楊枝を刺す。
「ありがとう」
彼女は手を伸ばし、一切れ取って口に放り込んだ。
「確かに美味しい。
けど“もりのかがやき”なんて聞いた事のない品種だね……」
あまり出回っていない希少品種らしいので、聞いた事が無くても当然なのかもしれない。
「気に入ってくれたのなら良かった……」
颯太と麻衣にも聞いてみたが「そんな品種は知らない」と言っていたので、世の中的には本当に認知されていないのだろう。
「それで、なんだけど……」
深呼吸する。
「そんなに改まらないと、できない話なの?」
彼女はそれほど深刻な話だとは思っていない様子だった。
「未祐さん、亡くなったんだ……。
涼香を助けに行って……あの火事で……」
彼女は俺の話を静かに聞いて真っ青な顔になったかと思うと、しばらくの沈黙が続いた。
「そっか……。
それなら、私はあの二人に恨まれても仕方ないのかもしれないね……。
私がさっさと建物の外に出られていれば、こんなことには……ならなかったのに……」
彼女は友人の母の死を知り、涙が溢れる。
「ごめんなさい……」
袖で涙を拭きながら話し続ける。
「私……颯太や麻衣ちゃんに、助けてもらって……まだお返しできていなかったのに……。
恩返しなんか考えずに、恩送りしろと言ってくれたけど、私のせいで……。
二人を悲しませるつもりなんてなかったのに……」
彼女の手を握る。
「颯太も麻衣も、きっと分かってくれるさ……。
涼香が悪い訳じゃないんだから」
振り払われる。
「そうじゃないのよ……。
私があの子を助けようとしたばかりに、未祐さんは……」
彼女の言っている意味が分からなかった。
「どういう事?
あの子って、誰の事?」
「未祐さん」とは二人の母親の事であるが、「あの子」が誰の事なのか分からない。
その場でそんな質問をするべきではなかったと後悔したが、既に遅い。
今まで普通に話せていた彼女は急に胸をおさえ、苦しみ始めた。
「おい、どうした?大丈夫か?」
何が起こっているのか分からず、俺はかなり焦る。
彼女が掴もうと伸ばした手の先にあるナースコールのボタンを代わりに連打した。
「しっかりしろ!」
少しして、看護師と主治医が飛んできた。
俺は何の力にもなる事ができず、彼等の邪魔にならないようにベッドから離れる事しかできなかった。
ストレスによる発作性の過呼吸だった様だが、原因は俺だ。
思い出したくない事について質問を重ねたからだろう。
本人が望んでいたとしても颯太と麻衣の母親が亡くなった事については話すべきではなかった。
涼香を助けに行って亡くなっているのだから、責任を感じるなと言う方が無理な話だ。
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