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1章 神様を信じますか?
10話 家族のありがたさ
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「ごめんね……もう大丈夫だから……」
袖で涙を拭きながら麻衣がリビングにやってきた。
優しい彼女の事だから母さんのことで僕と父さんが喧嘩しているのを聞いて、自分が何とかしなくてはならないと思ったのかもしれない。
「お、唐揚げ弁当じゃん。美味しそうー」
この重たい空気を変えるかのように微笑んでみせた。
「いつも思うんだけどさぁ、ちょこっとだけ横についてるこのポテトサラダ、美味しいんだけど、少なすぎて食べたっていう気にならないよね……」
リスみたいに口いっぱいに唐揚げとご飯を頬張りつつそんな事を言った。
いつもなら母さんが「そんな行儀が悪い事は止めなさい」とか「口の中のものを飲み込んでからしゃべりなさい」と注意する筈だし、そもそも普段から麻衣はそんな食べ方はしない。
しかも、話している内容も正直言ってどうでも良い内容だ。
僕か父さんにそれを注意させて無理やりにでも話題を変えさせようという事なのだと思う。
「そうだね、僕のも残っていたら麻衣にあげても良かったのに……もう食べちゃったよ……」
彼女は人の気持ちに敏感で、何を考えているのかという事を察知する能力に優れている。
僕は兄貴だと言うのに母さんが亡くなったという悲しさを紛らわせる事で精一杯だった。
気を遣わせている事が申し訳なく思えて、涙がこぼれてくる。
「お兄ちゃんは何弁当だった?」
「え?焼肉弁当だよ……」
その返答を聞いて彼女は怒り出した。
「は?何?私がなかなか来ないから、先に自分の好きな弁当を取ったの?最低!」
でもこれだって演技だ。
言葉の意味だけを理解するならば、ポテトサラダが少ない事に文句を言って、先に食べてしまった僕は彼女にあげれば良かったと泣く。
そして彼女はそれを慰める為に「私より良いものを食っただろ!」と怒っている……そんな流れだろうか。
ハッキリとは言わず、空気を変えるために言葉の裏に別の意味を重ねてくるのは彼女なりの気の使い方で、優しさだと思う。
彼女だって悲しい筈なのに、僕だけがこんな人を罵倒して傷付ける様な対応しかできないのは情けない。
なんだか妹に色々教えられた気がした。
「分かったよ、じゃあ食後に僕の分のアイスもあげるよ……」
ありがとう。
「ホント?……やったー」
素直に喜んでいる様に見える。
他人から見れば、空気を読まずに思った事を口に出しているだけのように聞こえてしまうが、本当は誰よりも理解して人の心と空気を読んでいるのだ。
「あ、コレ私の好きなやつだ!」
冷凍室を開けてニコニコと笑う彼女を見て父さんも笑っていた。
「後でお兄ちゃんのアイスも本当にもらうからね」
どうぞと手で合図する。
「そろそろ風呂に入ってくるよ」
僕と麻衣のやり取りをみて少し安心したのか、父さんは一人で浴室の方へ行ってしまった。
「気を遣わせてごめん……重たい空気を変えてくれてありがとう」
麻衣が居てくれたおかげで、気まずい感じにはならずに済んだ。
「お兄ちゃんも父さんも、母さんが亡くなって悲しいのは分かるけど、できる限りこの件で喧嘩はしないでほしい……。
今は特に家族がバラバラになるべきではないと思うんだ」
そんな家族想いな人柄は母さんに似たのだと思う。
父さんは真逆で鈍感だから、空気をコントロールしてくれた事など理解していないだろう。
言葉通り弁当の選択に怒って、わがままを言って兄からアイスを横取りしたとでも思っているに違いない。
「母さんだって、私達が喧嘩する事を望んでいる筈がないと思うから」
妹の食べていたアイスの棒から「あたり」の「あ」の文字が出現すると、とても嬉しそうに笑っていた。
「父さんだって母さんが亡くなって悲しくない訳がないと思う。
それでも何かを伝えようとしていたのだから、今度改めて聞いてあげて欲しい。
たぶん私達の知らない情報だと思うしね……」
どうやら僕と父さんの会話を聞いていたらしい。
こんなにもしっかりと家族の事を考えていると言うのに、僕はまるで「悲しいのが自分だけ」であるかの様に自身の気持ちを整理する事で精一杯になっている事が恥ずかしい。
「そうだね、父さんの話も落ち着いたら改めて聞くよ」
彼女は三人分の食べ終わった弁当の容器を軽く水道で流し、プラごみの袋に入れた。
「本当にごめん……。
辛いのは僕だけじゃなかった筈なのに、麻衣にも涼香ちゃんにも酷い事を……」
涙をこぼす僕を見てハグをしてくれた。
「大丈夫……分かってる……」
抱きしめてくれる妹は何だかとても温かった。
「私も居るから、今後の事はゆっくり一緒に考えよ……。
涼香ちゃんだって、アレが本心じゃないって事くらいはすぐに分かってくれると思うから……一緒に謝ろ……」
そんな事を言われてしまったら、兄の立場はない。
母さんに甘えているだけの幼い少女だと思っていた妹は僕なんかよりも、よほどしっかりした大人になっていた。
この家族は母さんが居て成り立っていたのだと今になって凄く実感するけれど、妹も大切な家族で、しっかりした考えを持てるようになっていた事に凄く驚いている。
母さんが居なくなって、これからは自分達だけで生きていかなくてはならない訳だけど、妹のそんな態度を見て僕ももっとしっかりしないといけないのだと感じさせられた。
「ありがとう……」
この時僕は、妹をもっと大切にしようと思った。
袖で涙を拭きながら麻衣がリビングにやってきた。
優しい彼女の事だから母さんのことで僕と父さんが喧嘩しているのを聞いて、自分が何とかしなくてはならないと思ったのかもしれない。
「お、唐揚げ弁当じゃん。美味しそうー」
この重たい空気を変えるかのように微笑んでみせた。
「いつも思うんだけどさぁ、ちょこっとだけ横についてるこのポテトサラダ、美味しいんだけど、少なすぎて食べたっていう気にならないよね……」
リスみたいに口いっぱいに唐揚げとご飯を頬張りつつそんな事を言った。
いつもなら母さんが「そんな行儀が悪い事は止めなさい」とか「口の中のものを飲み込んでからしゃべりなさい」と注意する筈だし、そもそも普段から麻衣はそんな食べ方はしない。
しかも、話している内容も正直言ってどうでも良い内容だ。
僕か父さんにそれを注意させて無理やりにでも話題を変えさせようという事なのだと思う。
「そうだね、僕のも残っていたら麻衣にあげても良かったのに……もう食べちゃったよ……」
彼女は人の気持ちに敏感で、何を考えているのかという事を察知する能力に優れている。
僕は兄貴だと言うのに母さんが亡くなったという悲しさを紛らわせる事で精一杯だった。
気を遣わせている事が申し訳なく思えて、涙がこぼれてくる。
「お兄ちゃんは何弁当だった?」
「え?焼肉弁当だよ……」
その返答を聞いて彼女は怒り出した。
「は?何?私がなかなか来ないから、先に自分の好きな弁当を取ったの?最低!」
でもこれだって演技だ。
言葉の意味だけを理解するならば、ポテトサラダが少ない事に文句を言って、先に食べてしまった僕は彼女にあげれば良かったと泣く。
そして彼女はそれを慰める為に「私より良いものを食っただろ!」と怒っている……そんな流れだろうか。
ハッキリとは言わず、空気を変えるために言葉の裏に別の意味を重ねてくるのは彼女なりの気の使い方で、優しさだと思う。
彼女だって悲しい筈なのに、僕だけがこんな人を罵倒して傷付ける様な対応しかできないのは情けない。
なんだか妹に色々教えられた気がした。
「分かったよ、じゃあ食後に僕の分のアイスもあげるよ……」
ありがとう。
「ホント?……やったー」
素直に喜んでいる様に見える。
他人から見れば、空気を読まずに思った事を口に出しているだけのように聞こえてしまうが、本当は誰よりも理解して人の心と空気を読んでいるのだ。
「あ、コレ私の好きなやつだ!」
冷凍室を開けてニコニコと笑う彼女を見て父さんも笑っていた。
「後でお兄ちゃんのアイスも本当にもらうからね」
どうぞと手で合図する。
「そろそろ風呂に入ってくるよ」
僕と麻衣のやり取りをみて少し安心したのか、父さんは一人で浴室の方へ行ってしまった。
「気を遣わせてごめん……重たい空気を変えてくれてありがとう」
麻衣が居てくれたおかげで、気まずい感じにはならずに済んだ。
「お兄ちゃんも父さんも、母さんが亡くなって悲しいのは分かるけど、できる限りこの件で喧嘩はしないでほしい……。
今は特に家族がバラバラになるべきではないと思うんだ」
そんな家族想いな人柄は母さんに似たのだと思う。
父さんは真逆で鈍感だから、空気をコントロールしてくれた事など理解していないだろう。
言葉通り弁当の選択に怒って、わがままを言って兄からアイスを横取りしたとでも思っているに違いない。
「母さんだって、私達が喧嘩する事を望んでいる筈がないと思うから」
妹の食べていたアイスの棒から「あたり」の「あ」の文字が出現すると、とても嬉しそうに笑っていた。
「父さんだって母さんが亡くなって悲しくない訳がないと思う。
それでも何かを伝えようとしていたのだから、今度改めて聞いてあげて欲しい。
たぶん私達の知らない情報だと思うしね……」
どうやら僕と父さんの会話を聞いていたらしい。
こんなにもしっかりと家族の事を考えていると言うのに、僕はまるで「悲しいのが自分だけ」であるかの様に自身の気持ちを整理する事で精一杯になっている事が恥ずかしい。
「そうだね、父さんの話も落ち着いたら改めて聞くよ」
彼女は三人分の食べ終わった弁当の容器を軽く水道で流し、プラごみの袋に入れた。
「本当にごめん……。
辛いのは僕だけじゃなかった筈なのに、麻衣にも涼香ちゃんにも酷い事を……」
涙をこぼす僕を見てハグをしてくれた。
「大丈夫……分かってる……」
抱きしめてくれる妹は何だかとても温かった。
「私も居るから、今後の事はゆっくり一緒に考えよ……。
涼香ちゃんだって、アレが本心じゃないって事くらいはすぐに分かってくれると思うから……一緒に謝ろ……」
そんな事を言われてしまったら、兄の立場はない。
母さんに甘えているだけの幼い少女だと思っていた妹は僕なんかよりも、よほどしっかりした大人になっていた。
この家族は母さんが居て成り立っていたのだと今になって凄く実感するけれど、妹も大切な家族で、しっかりした考えを持てるようになっていた事に凄く驚いている。
母さんが居なくなって、これからは自分達だけで生きていかなくてはならない訳だけど、妹のそんな態度を見て僕ももっとしっかりしないといけないのだと感じさせられた。
「ありがとう……」
この時僕は、妹をもっと大切にしようと思った。
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