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1章 神様を信じますか?
9話 家で喧嘩
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涼香ちゃんに酷い事を言ってしまったという自覚はあるし、あの時の自分を殴りたい程に恥ずかしいとも思っている。
「はぁ……」
ため息が心の底から出る。
涼香ちゃんと話すようにと言った妹は、その後僕と一言も喋らないまま一緒に家まで帰ってきた。
「ただいま……」
玄関の扉を開けると、いつもの様にそう言ってしまう。
僕達が帰宅しても、いつも「おかえり」と言ってくれる優しかった母さんはもう居ない。
「ただいま……」
麻衣も小声で言うが、返事は返ってこない。
彼女は僕の事を置いて、さっさと洗面所で手を洗うと自分の部屋に行ってしまった。
いつもなら学校から帰り、手洗いとうがいを済ませると母さんがおやつを用意してリビングで待っていてくれたものだ。
近所でもこんなに仲の良い家族はいないと噂される程だったが、彼女が亡くなってからはバラバラになってしまったのだと感じる事がある。
僕達家族にとって如何に大事な役割を担っていたのかを改めて考えさせられる。
皆、母さんが大好きだった。
彼女の死を涼香ちゃんの責任にして自分を納得させようとした僕の行為は麻衣にとって許せない事だったのだと思う。
こちらも、無言のまま部屋にこもる。
宿題のノートを広げて机に向かう事で、酷い事を言ってしまったという罪悪感を和らげようとしたが、忘れようと思えば思うほどその考えは頭に広がっていった。
宿題など全く手につかなくなってしまったので、涼香ちゃんに言いたい事、謝らなくてはならない事を紙にメモする事にした。
素直に本音を言うのなら、謝って仲直りがしたいのだ。
あの時はどうかしていた。
涼香ちゃんが悪い訳ではないのに、あんな態度をとってしまった僕は人として最低だった。
ニュースでは、火事の原因がアパート住人のタバコによる火の不始末だったと報道されている。
時間が夜だったため、うとうとと寝ていたとしたら逃げ遅れたって不思議ではない。
それなのに事件の事で彼女を責めるのは明らかに間違っているではないか……。
無事に生きていてくれた事に喜ぶべきなのだ。
冷静になって考え直してみると、自分の態度が如何に恥ずかしい事なのかを再認識させられる。
何時間もずっとそんな事を考えていると、父さんが仕事から帰ってきた。
「颯太、麻衣……ご飯にしよう……」
彼は三人分の弁当を買ってきていた。
「はい……」
机の上を片付けると階段を降り、リビングに向かう。
「麻衣……」
彼は反応のない妹に再度声をかけたが、返事はない。
「呼んできてくれるか?」
心配な僕はもう一度階段を上り、妹の部屋をノックする。
「ごめん、僕が悪かった……。
明日、涼香ちゃんに謝って仲直りするから……」
返事はない。
「麻衣、大丈夫か?入るぞ?」
ノブに手をかけ、ドアをゆっくりと開く。
中は電気が消えていて、真っ暗なままで鼻をすする音だけが響いている。
「本当に大丈夫か?」
電気をつけて部屋が明るくなると、端の方で両膝を抱え小さくなっていた。
「ごめん、食欲がなければ無理しなくていいから、食べられる様になったら降りてきてくれないか?
今後の事も一緒に考えよう……」
母さんの死が辛いのは僕だけではないのだと改めて認識できたし、麻衣だって大丈夫そうに見えても、本当は凄く悲しく、寂しいのだと分かった。
僕が涼香ちゃんに馬鹿な事を言ってしまったせいで、自分がしっかりしなければならないと思ったのかもしれない。
「無理をさせてごめん……」
そんな彼女を見てしまったら気の利いた事など何も言えず、ただただ謝る事しかできなかった。
再びリビングに入ると、父さんが弁当をレンジで温めていた。
「麻衣は?」
僕に問う。
「しばらく一人にしてやろう……。
食べられる様になったら来いとだけ伝えてきた」
父さんは頷いた。
「そっか……あいつ、母さんの事相当慕っていたからなぁ……。
今は相当辛いと思うし、元気になるまで待ってやろう……」
テーブルにつき、二人で向かい合って弁当を食べたが、沈黙を先に破ったのは父さんだった。
「お前に言っておかないといけない事があるんだ……」
こんな真剣に何かを話そうとする彼は見た事がない。
「何だい父さん、改まって……」
凄く言いづらそうな表情のまま少しの沈黙があった。
「実は火事の事なんだが……」
そんな無神経な言葉に腹が立った。
「もう止めてくれよ、僕達はあの火事を忘れようとしているんだ!
父さんはまだ家族を壊し足りないの?」
おそらく、彼が伝えようとした事はまだ知らない事実だったのだと思う。
でも、その話を聞きたくはなかった。
僕も麻衣も、十分に苦しんだ。
「すまない……それでも、聞いてくれ……」
言葉を遮って自分の想いを口に出す。
「あの火事で助かったのは涼香ちゃんと、女の子がもう一人……亡くなったのが、その子の母親とうちの母さんの二人……。
原因はその母親のタバコ……。
それでいいじゃないか?
他に何を話す事があるって言うんだよ!」
涙を流す僕を見て黙った。
「すまなかった……」
再び沈黙が始まると、少しして階段を降りてくる足音が聞こえてきた。
「はぁ……」
ため息が心の底から出る。
涼香ちゃんと話すようにと言った妹は、その後僕と一言も喋らないまま一緒に家まで帰ってきた。
「ただいま……」
玄関の扉を開けると、いつもの様にそう言ってしまう。
僕達が帰宅しても、いつも「おかえり」と言ってくれる優しかった母さんはもう居ない。
「ただいま……」
麻衣も小声で言うが、返事は返ってこない。
彼女は僕の事を置いて、さっさと洗面所で手を洗うと自分の部屋に行ってしまった。
いつもなら学校から帰り、手洗いとうがいを済ませると母さんがおやつを用意してリビングで待っていてくれたものだ。
近所でもこんなに仲の良い家族はいないと噂される程だったが、彼女が亡くなってからはバラバラになってしまったのだと感じる事がある。
僕達家族にとって如何に大事な役割を担っていたのかを改めて考えさせられる。
皆、母さんが大好きだった。
彼女の死を涼香ちゃんの責任にして自分を納得させようとした僕の行為は麻衣にとって許せない事だったのだと思う。
こちらも、無言のまま部屋にこもる。
宿題のノートを広げて机に向かう事で、酷い事を言ってしまったという罪悪感を和らげようとしたが、忘れようと思えば思うほどその考えは頭に広がっていった。
宿題など全く手につかなくなってしまったので、涼香ちゃんに言いたい事、謝らなくてはならない事を紙にメモする事にした。
素直に本音を言うのなら、謝って仲直りがしたいのだ。
あの時はどうかしていた。
涼香ちゃんが悪い訳ではないのに、あんな態度をとってしまった僕は人として最低だった。
ニュースでは、火事の原因がアパート住人のタバコによる火の不始末だったと報道されている。
時間が夜だったため、うとうとと寝ていたとしたら逃げ遅れたって不思議ではない。
それなのに事件の事で彼女を責めるのは明らかに間違っているではないか……。
無事に生きていてくれた事に喜ぶべきなのだ。
冷静になって考え直してみると、自分の態度が如何に恥ずかしい事なのかを再認識させられる。
何時間もずっとそんな事を考えていると、父さんが仕事から帰ってきた。
「颯太、麻衣……ご飯にしよう……」
彼は三人分の弁当を買ってきていた。
「はい……」
机の上を片付けると階段を降り、リビングに向かう。
「麻衣……」
彼は反応のない妹に再度声をかけたが、返事はない。
「呼んできてくれるか?」
心配な僕はもう一度階段を上り、妹の部屋をノックする。
「ごめん、僕が悪かった……。
明日、涼香ちゃんに謝って仲直りするから……」
返事はない。
「麻衣、大丈夫か?入るぞ?」
ノブに手をかけ、ドアをゆっくりと開く。
中は電気が消えていて、真っ暗なままで鼻をすする音だけが響いている。
「本当に大丈夫か?」
電気をつけて部屋が明るくなると、端の方で両膝を抱え小さくなっていた。
「ごめん、食欲がなければ無理しなくていいから、食べられる様になったら降りてきてくれないか?
今後の事も一緒に考えよう……」
母さんの死が辛いのは僕だけではないのだと改めて認識できたし、麻衣だって大丈夫そうに見えても、本当は凄く悲しく、寂しいのだと分かった。
僕が涼香ちゃんに馬鹿な事を言ってしまったせいで、自分がしっかりしなければならないと思ったのかもしれない。
「無理をさせてごめん……」
そんな彼女を見てしまったら気の利いた事など何も言えず、ただただ謝る事しかできなかった。
再びリビングに入ると、父さんが弁当をレンジで温めていた。
「麻衣は?」
僕に問う。
「しばらく一人にしてやろう……。
食べられる様になったら来いとだけ伝えてきた」
父さんは頷いた。
「そっか……あいつ、母さんの事相当慕っていたからなぁ……。
今は相当辛いと思うし、元気になるまで待ってやろう……」
テーブルにつき、二人で向かい合って弁当を食べたが、沈黙を先に破ったのは父さんだった。
「お前に言っておかないといけない事があるんだ……」
こんな真剣に何かを話そうとする彼は見た事がない。
「何だい父さん、改まって……」
凄く言いづらそうな表情のまま少しの沈黙があった。
「実は火事の事なんだが……」
そんな無神経な言葉に腹が立った。
「もう止めてくれよ、僕達はあの火事を忘れようとしているんだ!
父さんはまだ家族を壊し足りないの?」
おそらく、彼が伝えようとした事はまだ知らない事実だったのだと思う。
でも、その話を聞きたくはなかった。
僕も麻衣も、十分に苦しんだ。
「すまない……それでも、聞いてくれ……」
言葉を遮って自分の想いを口に出す。
「あの火事で助かったのは涼香ちゃんと、女の子がもう一人……亡くなったのが、その子の母親とうちの母さんの二人……。
原因はその母親のタバコ……。
それでいいじゃないか?
他に何を話す事があるって言うんだよ!」
涙を流す僕を見て黙った。
「すまなかった……」
再び沈黙が始まると、少しして階段を降りてくる足音が聞こえてきた。
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