孤独の恩送り

西岡咲貴

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1章 神様を信じますか?

1話 葬儀

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「摩訶般若波羅蜜多心経……」

 坊さんのお経が聞こえる。

 順番がまわってきた事を、スタッフの案内で確認して席を立ち、焼香台の前まで歩く。

 参列者の多さを見れば、如何に皆から慕われていた人物なのかがよく分かる。

 俺も彼女の事が好きだったし、この場に来ている人達と同じ様に慕ってもいた。

 幼い頃からお世話になったし、優しくて素敵な人だった。

 こんなに早く居なくなってしまうなんて思ってもいなかった事もあって、この場に立つと涙がゆっくりと溢れてくる。

 祭壇を見て合掌し、一礼。

 右手の親指、人差し指、中指の三本で抹香をつまみ、目の高さまで持ち上げる。

 こういったマナーやルールはあまり経験が無くてよく分からなかったが、自分の前にやった人を見て真似をする。

 大切な人や良く知る人の葬儀は心が苦しくて、マナーなんて考えている余裕がないのが正直なところだ。

 つまんだ抹香を香炉の中へ落とすと、これを三回繰り返した。

 改めて遺影をじっと見て、合掌。

 何故だ……彼女は何故こんなにも若くして居なくなってしまったのだろうか?

 まだ話したい事も、聞いて欲しい事も沢山あった筈なのに……。

 そんな風に思うと、しばらくその場から動けない感覚に襲われたが、次の人が待っているのだと思ってほどほどに終了する。

 遺影の方を向いたまま三歩下がって遺族に一礼し、自分の席に戻った。

 隣の席には一緒に参列した俺の母が座っていたが、人前で泣くまいと必死に我慢しているのが分かる。

「こんな時は泣いても良いんじゃないの?」

と小声で言ってみたものの、自分だってこぼれる涙を必死に止めようとしているのだから説得力はない。

「ありがとうまこと……。
 でも大人なんだから、そうも言っていられないのよ……。
 あの子がこんな事になってしまったのは全て私の責任だ……」

長らく一緒に生活しているが、こんな泣いている母は見た事がない。
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