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十年後に桜の木の下で

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(あら…少し痩せたんじゃない?)



彼は今年もやって来た。
艶やかだった黒髪はいつの間にか白くなり、杖をつきながらの歩みはとてもゆっくりとしたもので……
分厚いレンズ越しに、彼は桜の木を見上げ、ほんの少し頬の筋肉を動かした。




(ありがとう……そして、ごめんなさい……)



私はそっと彼の背中に触れた。








「頼む!どうかお願いだから、僕の我が侭を聞いてくれ!」

「そんな…いやよ!
そんなに長い間、離れ離れになるなんて……」



だけど、彼が言い出したら聞かない性格だということは私にもわかっていた。
結局、押しきられる形で、私は彼の言い分を受け入れた。



「じゃあ、十年後の今日……
あの桜の木の下で会おう!」



彼は、そう言い残して遠い異国へ飛び立った。
十年もの長い間、彼はフランスで料理の修行をする道を選んだ。
電話や手紙をもらったら帰りたくなるから…と、彼は向こうの住所さえ教えてはくれなかった。

当時の私達は十八歳。
誰もが、そんな子供の恋が長続きするわけないと思っていたに違いない。
暮らす場所が離れるということは、心の距離も離れるということ……
増してや、私達が付き合いを始めたのは十七の頃からだから、丸一年も付きあってはいない。
だけど、彼は勝手に私と結婚する事を決めていた。
日本に戻ったら、すぐに家庭的なフランス料理の店をオープンして、私と一緒に店を切り盛りしていくのだと……
彼は、そんな夢みたいな話を嬉しそうに繰り返し話していた。



私達一家は、彼が旅立って三年目に遠くの町に引っ越した。
父の仕事の都合で、その二年後にもまた引っ越した。
私は、大学を卒業し、OLとして働き始めた。
その間には男性との出会いもあり、お付き合いをすることもあったけど……それでも、彼のことを…十年後の約束を忘れることは一度もなかった。



そして、約束の十年後の前の年……
私は交通事故で呆気なく死んでしまった。
自分でもなにが起こったかよくわからないままに……
気が付けば、私は、この世の者ではなくなっていた。
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