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愛しの…

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(嘘だろ?)



『あんぱんは売り切れました。』

店には、無情にもそんな貼り紙が貼りだされていた。



はっきり言ってものすごい衝撃だ。
俺が子供だったら、間違いなく泣いてるな。
地べたにひっくり返って、駄々をこねたい気分だ。



だって、もう一週間なんだぞ。
元はと言えば、テレビのせいだ。
テレビで、パンの美味しい店と紹介されて以来、このパン屋は大忙しだ。
レポーターだったアイドルの男が「あんぱん、特に最高!」って言ったことから、特にあんぱんの売れ行きが良く、昼にはもう完売している。
もっと早くに行きたいが、仕事をしてると、昼休みくらいにしか買いにいけないんだ。



ここのパン屋は確かにうまい。
だから、よくサンドイッチや惣菜パンを昼飯にしていた。
そして、食後のスイーツとして、あんぱんを食べるのが、俺の楽しみだったんだ。
なのに、この一週間、惣菜パンもサンドイッチも品薄で、あんぱんに至っては、完売だ。



ないと思うと、余計に食べたくなるもの。
昨夜なんて、夢にまで出て来たくらいだ。
放送されてから、もう一週間…
なのに、客足は全く減りそうにない。
あぁ、だめだ。
これ以上、あんぱんが食べられなかったら、俺はどうにかなってしまう!



(くっそ~!あのアイドルめ!)

名前さえ覚えてないあいつに、怒りを募らせる。
理不尽な怒りかもしれないが、やっぱりどうしても腹が立つ。



仕方なく、俺は少し離れたパン屋で、惣菜パンとあんぱんを買った。
違う…やっぱり、いつものあんぱんとは明らかに違う。
悔しいけど、アイドルが言ったことは真実だ。
あの店のあんぱんは本当に最高なんだ。



悶々とした気分で週末を過ごし、月曜日は朝からパン屋に向かった。
会社には、病院に行くから遅れると嘘を吐いた。



「えっ!もうこんなに?」

パン屋の開店時間は9時だ。
俺は、念の為、早めに出て、開店1時間前に店に着いたら、すでに長い列が出来ていた。
なんて人気だ。
会社の近くだから、知った人に見つからないかと心配で、俺はずっと俯いていた。



やがて、開店時間になった。
少しずつ、列が動いていく間にも、あんぱんが売り切れないかと気になって落ち着けない。



(頼む!どうか、残っててくれ!)



ようやく店に入ることが出来た。
俺は一目散にあんぱんを探した。



(あった!)



俺は手を伸ばし、ひとつだけ残っていたあんぱんを手に取った。



(やった!)

嬉しくて、思わずガッツポーズをしてしまった。



久々に買えたあんぱんをカバンに入れ、俺は会社へ急いだ。



(あ…!)



昼飯用のパンを買うのを忘れていたことに気が付いた。
でも、そんなことはどうでも良い。
なんたって、あんぱんが買えたのだから。



会社に着いても、俺は嬉しくてにやにやしてしまい…
それを押さえるのが大変だった。

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