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好きな飲み物はラムネ

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「あ、あれ、あれ。」

「えっ!?」

山根が笑いをこらえながら、僕の脇腹を小突く。



ゆっくりと歩いて来るのは、滝沢花子。
彼女は、この大学ではちょっとした有名人だ。
昭和感の強い漆黒の髪のおかっぱ、そしていつも吊りバンドの付いた赤いスカートをはいている。
その風貌から、彼女は陰で『トイレの花子さん』と呼ばれている。



「本当に変わってるよな。
顔はけっこう美人なのに、もったいない。」

山根は、半笑いの顔で、ぽつりと呟く。
そう、彼女は、浮いた存在なのだ。
そのせいか、彼女はいつもひとりぼっちだ。



僕は、なぜだかそんな彼女のことが気になっていた。
だけど、そのことは友人の誰にも言ってないし、もちろん、本人ともしゃべったことすらない。
ただ、遠くから彼女をみつめて胸を熱くするだけという、まるで中学生の初恋みたいなことをしていた。



そんなある日のこと。
登校途中に、突然雨が降り出して…
僕は、傘を持ってたから問題はなかったんだけど、少し歩いた金物屋の軒先に、花子さんがいるのをみつけたんだ。
僕の鼓動は速さを増した。
これはチャンスだ!
話しかけるのは今しかない!
僕はそう思い、恐る恐る彼女の傍に近付いた。



「あ…あの……」

彼女は、怪訝な顔で僕を見上げる。



「良かったら、傘に入りませんか?
〇〇大学に行かれるんですよね?」

「え…どうして…」

初めて聞いた彼女の声は、思っていたよりも大人っぽいものだった。



「あ、あの…僕も同じ大学の学生なんです。
キャンパスで何度かあなたのことを見かけたことがあるので…」

「そうだったんですか…
じゃあ、お言葉に甘えて…」

彼女と初めて話すことが出来て、一本の傘で一緒に歩くことが出来て…
なのに、口下手な僕は気の利いた話どころか、何も話すことが出来ず、気まずい沈黙だけが流れていた。



「私……」

「え?」

「トイレの花子さんって呼ばれてるんです。」

「えっ!?そ、そうなんですか?」

そんなことは知ってたのに、僕は知らなかったふりをした。
しかし、彼女はどうしてそんなことを知っているんだろう?



「だから、私にはあまり近付かない方が良いですよ。」

「そ、そんなこと…僕は気にしないです。」

「え?」

彼女は酷く驚いたような顔をした。
僕は何かおかしなことでも言ったんだろうか?



「あ、ちょっと待ってて下さい。」

大学が見えて来た時、彼女は僕の傘から出て唐突に駆け出し、近くの雑貨屋に駆け込んだ。
僕が雑貨屋の前で待っていると、彼女は両手にラムネの瓶を持って出てきた。



「これ。」

彼女は、右手を僕の前に差し出した。



「え?」

戸惑いながらも僕は反射的にそれを受け取る。



「お礼です。
どうもありがとう!」

そう言うと、小雨の中を彼女は大学に向かって駆けだして行った。
僕は、ラムネを持ったまま、彼女の後ろ姿をただみつめるだけだった。
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