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元日
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(今年は良い年になりそうだ……)
飲みなれない酒のせいで火照った体には、冷たい夜風が気持ち良い。
いつもより車や人通りの少ない通りを歩きながら、俺はふと夜空を見上げた。
*
「東郷さんね、いらっしゃい。さ、どうぞあがって下さいな。」
「あ…失礼します。」
俺は、見知らぬ人の家に上がり込んだ。
そう、この人と会うのは今日が初めてなのだ。
昨日までは大川という苗字しか知らなかった。
もちろん、ここのことも住所しか知らなかった。
たいそう立派なお屋敷の佇まいに、俺は柄にもなく緊張した。
俺の住むアパートとは大違いだ。
ぴかぴかに磨き上げられた長い廊下を抜け、俺は座敷に通された。
テーブルの上には、豪華な御節料理が並んでいた。
「さ、そこにお座りになって。」
「は、はい。ありがとうございます。」
「ちょっと待っててね。」
そう言って、席を立った大川さんは、しばらくしてお雑煮を持って現れた。
昨年末…あと数時間で年が明けるという差し迫った時に、ある依頼があった。
電話は、大川と名乗る上品そうな年配の女性からで、家に来て元日を一緒に過ごして欲しいというものだった。
年末は大掃除の依頼が多くてけっこう疲れたし、元日くらいは休もうかと思っていたが、その女性の慎ましやかな口調のせいか、俺はその依頼をつい引き受けてしまった。
まぁ、家にいてもどうせぐーたらするだけのことだ。
仕事をしている方がマシかもしれない。
そんな想いでここまで来た。
しかし、思っていたよりもずっと良い待遇だった。
豪華なお節料理や雑煮はとてもうまい。
驚いたことにすべて大川さんの手作りらしい。
まさにプロ級のうまさだ。
少し口にした酒のせいか、にこやかで話上手な依頼人のおかげなのか緊張も意外と早くほぐれた。
いつの間にか、実家にいるような気分を感じていた。
「今日は東郷さんのおかげで本当に楽しいわ。
お節も無駄にならなくて、良かった。」
この女性にどんな事情があるのか、俺には皆目わからないし、詮索するつもりもない。
便利屋の俺は、ただ頼まれた依頼をこなすだけだ。
「こちらこそ、楽しい正月を過ごさせていただいてありがたいですよ。」
俺は、率直に答えた。
毎回こんな依頼なら、どれだけ楽だろう。
両親が亡くなり、紫織と別れてから、こんな正月らしい正月を迎えたのは何年振りだろう?
そんなことを思ったら、ふと子供の頃のことを思い出した。
我が家では、正月といえば百人一首だった。
読み手はいつも母さんで、俺か父さんが勝つのが常だった。
古典の苦手な兄さんは、一度も勝ったことがなかった。
「……東郷さん?
どうかされたの?」
「え?あ…いえ…別に……」
(兄さん……どうしてるかな?)
半ば封印していた記憶に、俺の胸はかすかに傷んだ。
飲みなれない酒のせいで火照った体には、冷たい夜風が気持ち良い。
いつもより車や人通りの少ない通りを歩きながら、俺はふと夜空を見上げた。
*
「東郷さんね、いらっしゃい。さ、どうぞあがって下さいな。」
「あ…失礼します。」
俺は、見知らぬ人の家に上がり込んだ。
そう、この人と会うのは今日が初めてなのだ。
昨日までは大川という苗字しか知らなかった。
もちろん、ここのことも住所しか知らなかった。
たいそう立派なお屋敷の佇まいに、俺は柄にもなく緊張した。
俺の住むアパートとは大違いだ。
ぴかぴかに磨き上げられた長い廊下を抜け、俺は座敷に通された。
テーブルの上には、豪華な御節料理が並んでいた。
「さ、そこにお座りになって。」
「は、はい。ありがとうございます。」
「ちょっと待っててね。」
そう言って、席を立った大川さんは、しばらくしてお雑煮を持って現れた。
昨年末…あと数時間で年が明けるという差し迫った時に、ある依頼があった。
電話は、大川と名乗る上品そうな年配の女性からで、家に来て元日を一緒に過ごして欲しいというものだった。
年末は大掃除の依頼が多くてけっこう疲れたし、元日くらいは休もうかと思っていたが、その女性の慎ましやかな口調のせいか、俺はその依頼をつい引き受けてしまった。
まぁ、家にいてもどうせぐーたらするだけのことだ。
仕事をしている方がマシかもしれない。
そんな想いでここまで来た。
しかし、思っていたよりもずっと良い待遇だった。
豪華なお節料理や雑煮はとてもうまい。
驚いたことにすべて大川さんの手作りらしい。
まさにプロ級のうまさだ。
少し口にした酒のせいか、にこやかで話上手な依頼人のおかげなのか緊張も意外と早くほぐれた。
いつの間にか、実家にいるような気分を感じていた。
「今日は東郷さんのおかげで本当に楽しいわ。
お節も無駄にならなくて、良かった。」
この女性にどんな事情があるのか、俺には皆目わからないし、詮索するつもりもない。
便利屋の俺は、ただ頼まれた依頼をこなすだけだ。
「こちらこそ、楽しい正月を過ごさせていただいてありがたいですよ。」
俺は、率直に答えた。
毎回こんな依頼なら、どれだけ楽だろう。
両親が亡くなり、紫織と別れてから、こんな正月らしい正月を迎えたのは何年振りだろう?
そんなことを思ったら、ふと子供の頃のことを思い出した。
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読み手はいつも母さんで、俺か父さんが勝つのが常だった。
古典の苦手な兄さんは、一度も勝ったことがなかった。
「……東郷さん?
どうかされたの?」
「え?あ…いえ…別に……」
(兄さん……どうしてるかな?)
半ば封印していた記憶に、俺の胸はかすかに傷んだ。
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