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雛人形

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♪明かりをつけましょ、ぼんぼりに~…


男は、下手な歌をそこでやめ、急にくすくすと笑い始めた。



 「やっぱり、似合わないね。
でも、ないよりはマシだと思うから、そのままにしとこうか。」

そう言うと、男はぐいとグラスを傾けた。



 「その着物もずいぶん傷んで来たね。
 全くもったいない話だよね。
 古着とはいえ、あの当時で200万もしたんだよ。
でも、君がどうしても一度着てみたいっていうから買ったのに、君がそれを着たのは一度っきりだったよね…」

 男は苦笑し、そして小さな溜息を吐いた。



 「……あれからもう30年も経つんだね。
 僕もすっかりおじさんになってしまったけど、君は僕以上に変わったよね…」

そう言うと、男は笑いの発作に腹の皮をよじらせ、涙を流しながら大笑いした。



 男の前に佇むのは、色褪せ、所々に染みの付いた十二単を身にまとい、艶やか過ぎる黒髪のかつらをかぶせられた物言わぬ骨だった。

 30数年前、彼が見初め、この別荘に連れて来たまだ若い女性・あゆみの慣れの果てだった。

ご馳走を食べさせ、欲しいものは何でも買ってくれるこの男に出逢えたことを、困窮した生活を送っていたあゆみはとても幸せに感じていた。
しかし、しばらくすると、男の強い束縛にあゆみは反発するようになった。
 男はあゆみの言うことならなんでも聞いたが、ただ自由にすることだけは許さなかった。
そのことで度々口論するようになり、雛祭りの前夜、男はあゆみの細い首に手をかけた。



 男は、魂を失ったあゆみに、前の年に買い与えた十二単を着せ、雛人形に見立てた。
 毎年、毎年、別荘の地下室に隠された雛人形に、男は会いに来る。
 一年一年、その姿を変えていくあゆみと二人で、男は30余りの回数の雛祭りを祝った。

 来年も、そしてまたその次の年も…
おそらく、男が生きている限り…あゆみと男の雛祭りは続けられることだろう…… 
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