上 下
10 / 265
木枯らしの森

しおりを挟む




 (ここだわ…間違いない!)



まるでハンナの侵入を拒むような冷たい風に、ハンナは安堵したような笑みを浮かべた。
 森の中から吹き付ける風は歩を進めるごとにきつく冷たくなっていく。



 (クリフ…あなたはここにいるのね?)



ハンナの心に浮かんだのは、クリフの明るい笑顔だった。
 彼のことを考えると、吹きすさぶ風にもハンナはその寒さを忘れられた。



 (クリフ…遅くなってごめんなさい。
でも……私、ようやくみつけたわ。)



ハンナの瞳からは一筋の涙が流れていた。
ようやく彼に会えるという、感動の熱い涙が……



身分が違うというだけで、ハンナとクリフは引き離された。
クリフは、ハンナの父親が渡した手切れ金さえ持たず、ひっそりと町を後にした。
 友人たちの話では、クリフはこの世のどこかにあるという木枯らしの森に向かったのだという。



そこは一年中、身を切られるような冷たく激しい風の吹きすさぶ森…
そこに立つ木々は、心を砕かれ、死んでなお冷たい心を持ち続ける人間の慣れの果て。
 冷たい心を抱え、冷たい風にさらされて、落とす葉の一枚さえ持たない木が立ち並ぶ不気味な森……
森の中に響く木々たちの悲しいすすり泣きは、風の音にかき消される。



ハンナは家に軟禁され、しばらくすると顔も知らない男との婚礼が決められた。
 婚礼の日に、ハンナはようやく家を抜け出し、それから何年もかかって、ようやくこの森をみつけたのだ。




 『待て……』



 風の音にかき消されることもなく、不意に聞こえたその声に、ハンナはあたりを見渡した。



 (あ……)



そこに立っていたのは、神が長く背の高い男だった。
あたりは酷い風だというのに、男の髪は風に散らされることもなく、長いローブの裾もまくられることはなかった。



 『ここは木枯らしの森…ここに足を踏み入れれば、二度と出ることは出来ぬ。
そのことをわかっているのか?』



ハンナは気付いた。
その声が、耳を通して聞こえてくるのではないことを…



(この人はもしかしたらこの森の精?)



そう思うと同時に、やはりここが自分が何年も探し歩いていた木枯らしの森だということを確信し、ハンナの胸は感動に震えた。



 「はい、わかっています。」

 『そうか……しかし、ここにはクリフはいない。』

 「えっ!な、なぜ、クリフのことを……」

 『クリフの事が知りたいか?』

 「は、はいっ!」

 『それが、たとえ辛いことでも知りたいか?』

 「え……?」

ハンナはその言葉に、いやな胸騒ぎを感じた。
けれど、彼女が迷う時間は長くはなかった。



 「はい、知りたいです!
 彼のことならなんでも…!」

 『ならば、教えてやろう…』



 男が宙に向かって小さく緩やかに指を動かした。



 「あ、ああぁーーーっ!」



 突然の突風に、ハンナの身体はさらわれ、空高くに舞い上げられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

どうして隣の家で僕の妻が喘いでいるんですか?

ヘロディア
恋愛
壁が薄いマンションに住んでいる主人公と妻。彼らは新婚で、ヤりたいこともできない状態にあった。 しかし、隣の家から喘ぎ声が聞こえてきて、自分たちが我慢せずともよいのではと思い始め、実行に移そうとする。 しかし、何故か隣の家からは妻の喘ぎ声が聞こえてきて…

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...