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ルカ(聖夜月ルカ)

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098 : 返還

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ミシェルが生まれる少し前に農作業の道具は片付けられ、それから、ほんの少しだけ広くなった。
ミシェルが生まれる時に、同じく下働きをしている女性が手伝ってくれたことを思い出す。
エリーズが亡くなったのもこの小屋だ。
最期の時の彼女の顔が今でも鮮明に思い出される。

それからの数年間をミシェルと過ごしたのもここだった。
小さかったミシェルが描いたテーブルの落書きが今でも残っていた。
本人は犬だと言っていたが、とても犬には見えないその絵に、この画才のなさは私に似たのだと思ったものだ。
私とエリーズの少ない荷物もそのままだった。
片隅の箱から、私は目的のものを取り出すと、小屋を後にした。

私はスミスに挨拶をし、小屋のものはすべて処分してもらうように頼んだ後、町を離れた。
今回は馬車を使わなかったため、ベルガー夫妻の住む町までは数日程がかかった。



あの赤い屋根が視界に入って来た時、その前の庭で夫人と遊ぶミシェルの姿も同時に目に入って来た。
もう、あんなにも回復しているのかと私は正直驚いた。
数年間寝たきりだったのだから、筋力もずいぶんと落ちているはずだ。
病気は治っても身体のどこかに何かしらの障害が残るかもしれないと考えていたのだが、その心配もなさそうだ。



「ベルガーさん。」

夫人はゆっくりと振り向き、私の顔を見た途端にその顔から微笑みが消えた。



「ジョー!ジョー!!来て!早く!!」

そして、ミシェルを自分の背後に隠すように抱き抱えると、大きな声で主人の名らしきものを叫んだ。
すぐに家の扉が開き、部屋の中からは思った通りあの主人が顔を出した。



「……あなたは…」

「ベルガーさん、申し訳ありません。
ここにはもう二度と来ないと言っておきながら…
今日は、どうしてもお話したいことがあって、やってまいりました。」

夫人はミシェルを連れ、家の中に姿を消した。




「……そうですか…
こうなるのではないかと思っていました。
どうぞ、中へ…」

私は、ベルガー氏に促されるままに家の中へ入って行った。 


 
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