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ルカ(聖夜月ルカ)

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096 : 刻印の主

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「マルタンさん、待って下さい!
そんなに慌てて答えを出すことはありません。
ミシェルは、まだ目覚めたばかりで…」

「ありがとうございます、先生。
でも、もう決めたんです。
ミシェルは、私と暮らすよりあのご夫婦と一緒にいる方が幸せなんです。」

「ですが、彼の病気のこともありますし…」

「それなら、きっと大丈夫です。」

「なぜ、そんなことが言えるんです?
大きな病院でちゃんと検査してみなければ…」

「……もう良いんです。
あとのことは、あのご夫婦がうまくやってくれるでしょう…」

「マルタンさん!!」

クロードは陽炎の化石のことを知らない。
いや、知った所で、医師である彼がそんな非現実的なものを信じるとは思えない。
そんなもので、ミシェルの頭に出来た悪いものが治ってしまうなんて、彼には到底信じられることではないだろう。
ましてや、ミシェルの記憶を消し、新たに違うものに入れ替えたのが邪悪な者だなんて話は、彼の理解の範疇を超えている。
彼には、何も話すことは出来ない。
薄情な親だと思われるかもしれないが、それで良い…



私達は、その足で隣町まで歩き、その町の宿屋へ向かった。
クロワとクロードは各一部屋を取り、私とリュックは同じ部屋にした。



「マルタン…本当に良いんだな?
後悔しないんだな?」

「……あぁ…
ミシェルの命が助かっただけで、私は満足だ…」

「……そうか…わかった。
あの夫婦なら、絶対にミシェルを大事にしてくれるぜ。
ミシェルは、必ず幸せになれる…
安心しろ、マルタン。」

「……そうだな。
私もそう思うよ…」

リュックがいてくれて本当に良かったと思った。
記憶を思い出してからの出来事は、一人では抱えられない程重いものだった。
陽炎の石のことさえ私は忘れていた。
彼が、私の様子に気付いて無理に話を聞いてくれたおかげで、ミシェルは助かったとも言える。



「リュック…いつもありがとう…」

「な…なんだよ、急に!!
びっくりするじゃないか!」

「君がいてくれて、本当に良かった…」

私は心のままを言葉にしていた。



「ば、馬鹿野郎!水臭い事言うんじゃねぇ!!」

すぐにミシェルのことから心を切り換えるのは難しいが、私にはこの頼もしい友人がいてくれる。
私の金ではなく、私自身を大切に想ってくれる真の友人が…

 
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