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ルカ(聖夜月ルカ)

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095 : 修道院

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クロワの住む村まではけっこうな時間がかかった。
だが、あの者はどれだけ時間がかかろうともミシェルは死ぬことはないと約束した。
私が戻るまで、ミシェルはずっと眠ったままだという。
ミシェルの世話は、隣町の孤児院に頼んだ。



 『焦ることはない。
ただ、確実にあいつを殺し、その心臓を持って来さえすれば良いのだ。』


奴はそう言っただけだった。
クロワという女とあの者の間にどういう因縁があるのか私は知らない。
知りたいとも思わない。
彼女に対して申し訳ないという想いは強かったが、それでも私はやらなくてはいけない。
ミシェルを救うためには、それしか手段がないのだから。



村に着いて、クロワという女の事をそれとなく探った。
彼女は、私より少し若い小柄な女性だ。
村はずれの粗末な掘っ建て小屋に一人で暮らしている。
私にとっては好都合だ。
夜遅くに、道に迷ったふりでもして押し入れば、簡単に彼女を殺すことが出来るだろう。
彼女が悲鳴を上げたとしても、その声が村まで届く事はない。
そして、心臓をえぐり取り、そのまま闇に乗じて抜け出せば誰にもみつからずに逃げ切ることが出来る。

気持ちはもう確実に固まっていたはずだった。
迷いはないと思っていた。
ところが、いざ、実行しようとすると、心に迷いが生じてしまう。

私は近くの小さな桟橋を訪れた。
寄せては返す波の音を聞いていると、ほんの少し気持ちが落ち着くような気がした。
おりしもあたりには嵐が近付いているようで、波はいつもより高く激しく満ち干きを繰り返す。
そのうち降り出した大粒の雨に打たれ、私は天に向かって狂人のように叫んでいた。



「私には出来る!!
必ず、ミシェルを救う!!」

そうすることで、心の中の迷いを断ち切り、自分自身を奮い立たせようと思ったのだ。
嵐は、ますます激しくなっていく。
私の叫び声さえかき消す程の勢いで、風が吠え、雨が降りしきる。



その時だった。
一層高い波が、一瞬のうちに私の身体を連れ去った。
停泊していた船に強かに打ちつけられ、波に翻弄されながら海中にひきこまれていく…

こんな所で、私は死んでしまうのか…
ここまで来て…あと少しでミシェルを救うことが出来るところまで来ているというのに……



ミシェル…!
ミシェルーーーー!!


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