お題小説

095 ： 修道院

１

私達がその男を見たと同時に、その男は連れの修道士にひっぱられるようにして行ってしまった。



「なんだったのかしら？」

「人違いじゃないのか？
そんなことより、早く飯に行こうぜ！」

あたりを見ると、私達の斜め後方に二人の修道士がいた。
 彼は、その修道士達に声をかけたのだろう。
そう思うのだが、なぜだかその出来事が心の片隅から離れなかった。



「マルタン！どうしたんだよ、マルタン！」

「……あ…？なんだ？
なにか言ったか？」

「何かじゃないぜ…
まったく、なにをぼーっとしてるんだよ。」

「マルタンさん、もしかして体調でも良くないんですか？」

「あぁ、すみません。
そうではないんです。
少し考え事をしていただけなんですよ。」

「考え事って…なにかあるのか？
気になることがあるのなら、なんでも言ってくれよ。」

「ありがとう。
たいしたことじゃないんだ…
その…大聖堂っていうのはどんな所なんだろうかとちょっと思いを巡らしてただけなんだ。」

「なんだ、そんなことか…
まぁ、それなら俺もかなり期待はしてるんだけど…きっと、どんなに想像しても実物を見たら度肝を抜かれるようなことなんだろうな。」

「そうだろうな。」

もちろん、私が考えていたのは大聖堂のことではなかった。
先程の修道士が言った「ブラザーヴィクトル」という名前…
考えれば考えるほど、私はその人物を知っているような気がしていたのだ。
しかし、そこで私はあの忌まわしき預言を思い出してもいた。



「記憶は死と引き換え」



 私がそのブラザーヴィクトルなる人物を思い出してしまったら…
それがきっかけとなって、私の記憶がよみがえってしまうのではないか…



「記憶は死と引き換え」



この言葉にはなにか裏の意味でもあるのだろうか？
そうでなければ、その意味はすなわち私が記憶を思い出す時に死ぬということ…
私が一番恐れているのは、死ぬのが誰かということ。
それが私なら構わない。
しかし、それが私以外の誰かなのだとしたら…
私は絶対に過去を思い出してはいけないのだ。

思い出してはいけない！
そう考える気持ちをあざ笑うかのように「ブラザー・ヴィクトル」という名前が頭の中を飛びかっていた。
得体の知れないブラザー・ヴィクトルが、今にもパンドラの箱を開けようとしているのだ。