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ルカ(聖夜月ルカ)

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076 : 弓引く者

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「いけません!
まだ、血も止まってないじゃないですか。
今日は作業をやめて戻りましょう!」

「いやです!
私には休んでる暇なんてないんです!」

クロワは言い出したら聞かない性格だ。
しかし、そんな状態でクロワに作業を続けさせるわけにはいかない。



「クロワさん、お願いですから私の言う事を聞いて下さい。
あなたを送り届けたら、私がすぐにここに戻ってまた作業を続けますから。
どうか、あなたは休んで下さい。
あなたは、また、明日から頑張れば良いじゃありませんか。」

「これは私がやらないといけないことなんです。
ご心配はありがたいんですが、本当に大丈夫ですから…」

やはり思った通り、クロワはこんな説得では引き下がりそうになかった。
早くクロワを宿に戻らせたいと焦る気持ちと、今までの積もりに積もった心の負担が、私にとんでもないことを口走らせた。



「クロワさん…帰りましょう…
ここには…ここには陽炎の化石なんてないのですから。」

「……え?……マルタンさん…今、なんと…?」

「……ここには陽炎の化石はもうないのです…」

「う、嘘よ!
嘘だわ!ここは、以前、地震でたくさんの人が一瞬にして亡くなった場所…
陽炎の石がみつかる可能性の高い場所ですもの。
きっと、あります!
ここにはきっと陽炎の化石があるんです!
諦めてはだめです!」

「そう…
確かにここに陽炎の化石があった…
でも、それは……それは、ずっと以前に掘り出されたのです。」

それは咄嗟の嘘だった…



「え………それはどういうことなんですか?!」

「陽炎の化石は…
地震から何年か経って、ここを整備に来た際に掘り出されたそうです。
もちろん、それを掘った人はそれが不思議な力を持つ陽炎の石とは知らず、ただの宝石だと思って雑貨屋に売ったのだそうです。」

「そ、そんな…!
それで、その石は、今どこに…?」

「もうずいぶん前のことらしく、それがどこに行ったのかはわかりません…」

「マルタンさん…その話をいつ聞かれたんですか?」

「この町に着いて何日かした頃です。
たまたま、あの現場の話をしていたらそんな話を聞いて…」

「では、なぜ、すぐにそのことを私に教えて下さらなかったんですか!!
この場所に、もう陽炎の石がないと知りながら、なぜ今まで黙っていたんですか!!」

クロワはその瞳に涙をいっぱい浮かべ、唇は憤りのためかわなわなと震えていた。 
 
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