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ルカ(聖夜月ルカ)

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055 : 果樹園

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「彼らはあの場所が気に入ってるんだ。
君がすすめても、きっと、引っ越すことはないだろうな。」

「二人とも元気だけど、でももう十分良い年だ。
この先、どんな病気や怪我をしないとも限らないんだ。
万一の時、医者もいないっていうのは心配なんだよな…」

そう呟くリュックの横顔はどこか寂しそうだった。
彼よりも本当はずっと年下の彼らに対して、どんな風に感じているのかは私にはわからなかったが、ジョセフ達のことを親身になって心配していることだけはよくわかった。







それから、数ヶ月の間、私達はヤニックの果樹園で働いて過ごした。
住む所に金がかからないということは、経済面でずいぶんと助かる。
私達の手許には、リュックがあの甘い果実を売った金も含め、思いがけない金額が集まって来ていた。

あの甘い果実は、順調に育っており、ヤニックもほっとしているようだった。
すべてがうまく進んでいるかのように思われた時、私の身の上に思わぬアクシデントが起こった。



「大丈夫か?マルタン。」

「あぁ、なんともないよ。
すまないな。迷惑をかけてしまって…」

「気にすんなって!
でも、あんたにはやっぱり肉体労働はあってないってことだな。」



いつものように果実の入ったかごを持ち上げようとした時だった。
腰のあたりに、今まで感じたことのない激痛が走った。
あまりの痛さに吐き気を感じた。
その後は、もう歩けないどころか、身体のどこを動かしても腰が痛いのだ。
私は無様な格好で荷車に載せられ、部屋に連れていかれたまま、身動き一つ取れなかった。

医者の話によると、しばらくは動けないだろうとのことで、たいした治療もしてもらえなかった。
時期を待つより他にないということらしい。

毎日、ただ天井をみつめながら横になっている日々が一週間近く続いた。



「マルタン、腰の方はどうだ?」

「あぁ、おかげさまでやっと歩けるようになったよ。
痛みもずいぶんと楽になった。」

「実は、今日、町で良い話を聞いてきたんだ!」

「どんな話なんだ?」

「この先の山の中に良い温泉があるっていうんだ。
なんでも、遊牧民がみつけた温泉らしくってな。
ただ、ずいぶんと山の奥だってことだから、もう少し腰が良くなってからの方がいいかもしれないな。」
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