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ルカ(聖夜月ルカ)

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025 : 牢獄の賢者

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「…本当に申し訳ないことをしてしまいました。
私は、こんな年になるまで、あの旅人さんに謝罪することを思い付かなかったのです。
最近知り合ったこの方達のおかげで、やっとそのことに気付き、そして、あの旅人さんの行方についてお尋ねしようとこちらへ参ったのです。」

「……なぜ、もっと早くに来なかったんだ!!」

「すみません…」

 老人の激昂ぶりは意外な程だった。



「奴は、ほんの三ヶ月前までここにいたのに…」

「三ヶ月前まで!?
どういうことです?」

「奴は…モーリスは…
三ヶ月前にここで死んだ…」

「死んだ…?!
モーリスさんというのが、あの旅人さんのお名前なんですか?」

「あぁ、そうだ…
三十年前のモーリスは、神父になったばかりの男だった…
この村へは布教のために訪れたと言ってたよ。
わしは、ここの番人となり奴と一緒に過ごすうちになんともおかしな印象を受けた。
この男は犯人じゃない…なぜだかそう感じるようになったんだ。」

「モーリスさんは、自分が犯人じゃないということをおっしゃらなかったのですか!?」

「あぁ、奴は、取り調べの時もそしてここへ入ってからもそんなことは一言も言わなかった。」

「……私のことをかばって下さったのですね…
しかし、なぜモーリスさんは三ヶ月前にここにいらっしゃったのです?
いくら村の護り石を割ったからとはいえ、何十年もの刑を受けたわけではありませんよね?」

「あぁ、奴はわざとやったことではないということが認められ、一年の刑となった。」

「では、なぜ…?」

「……奴は、刑期が過ぎてもここを離れようとはしなかった…
わしは、その理由を尋ねた。
すると奴はこう言った。
『私は待っているのです』とな。
誰を待ってるのかはとうとう最後の最後まで教えてはくれなかった。
モーリスが死ぬ間際、わしが『おまえの待ち人はとうとう来なかったな』というと、『いえ、彼は必ずやってきます。私がいなくなった後はこの女神像が私の代わりに彼を待ってくれますから、私は思い遺すことなく神の元へ旅立てます。』
…そう言ってな…
あんな安らかな死に顔は、わしは初めて見たよ…」

老人は深い皺を伝って流れる一筋の涙を指で拭った。 

 
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