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ルカ(聖夜月ルカ)

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024 : 贖罪

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私には男の気持ちがわからなかった。
身体の痛みが楽になれば普通なら喜びそうなものなのに…
あれほどまでに薬を飲んだ事を悔やんでいるとは、やはりクロワの言う通り、なんらかの禁忌のようなものがあったのだろうか…?

宗教的な禁忌には、無関係の人間からみれば馬鹿げたことのように見えることも多々あるが、本人達にとってはたいそう重大なことだという場合が多い。
どんなことにもその人の判断基準というものがある。
たとえ、自分がつまらないことだと感じたとしても、それをないがしろにして良いということはないのだ。

そうだ…もしかしたら、なんらかの願望を叶えようとしていたのかもしれない。
 自分の好きなものを断ったり、自分に苦難を与える事によってそういう願望が叶うと信じる人は少なくない。

私達はその人の身体のことを案ずるあまりに、身体よりも大切ななにかを傷付けてしまったのかもしれない…



「…申し訳ありません…」

私は、彼の背中に向かって声をかけた。



「あなたに睡眠薬を飲ませようと考えたのは私です…
私はただ、あなたの身体をなんとか楽にしてさしあげたかったのです…
…それがあなたのことをそんなに傷付けることになるとは考えていなかった。
本当に、申し訳ありません。」

私は、本心を彼に伝えた。



「さしでがましいことをしてしまって、ごめんなさい…」

クロワも一緒に謝ってくれた。

気まずい空気の中、私達は彼の家を離れることにした。



「もし、よろしければ、また痛みが起こった時にはこのお薬を飲んでみて下さい。痛みがおさまるはずです。
必要なければ捨てて下さい…」

「では、どうぞお大事に…」

立ち去ろうとした時、男の声が聞こえた。



「待って下さい…」

男は涙を拭いながら、置きあがろうとしていた。



「あ、そのままで…まだ無理はいけませんよ。」

「大丈夫です…」

男はベッドの上で上体を起こした。



「お蔭様であの痛みがおさまりました…
先程は取り乱してしまってすみません。
あなた方のお気持ちには大変感謝しているのです…
ですが…」

「わかっています。
あなたは、なんらかのご事情で信念を持っておられたのですね…?
だから、どんなに激しい痛みがあっても我慢されていたのではありませんか?」 
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