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ルカ(聖夜月ルカ)

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019 : 人魚の恋

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(……俺はなぜ死ななかったんだ……?)



どう考えてもわからない。
あんな遠くの沖から、砂浜まで流されるわけがない。

いや、流されることがあるとすればそれは俺の死体だ…

なぜ、俺は生きてるんだ…?







数日後、俺はまた海に出た。

先日の恐怖がまざまざとよみがえってくる。
波は穏やかで天候も悪くはない…
だが、いつまたあんなことにならないとも限らない。
今まではなんとも思わなかったその場所が、今では心をとても不安にさせる場所に変わっていた。

しばらくその場所にいたが、何も起こらなかった。
 当たり前だ…
俺は何を期待していたのだろう?

それは心に残るおぼろげな記憶…馬鹿げた幻想…

俺は陸へ引き返すことにした。
 櫂を手にしたが、すぐにその手が止まった…

どうしてもそのまま引き返す気持ちになれず、俺は衝動的に海に飛び込んだ。 

飛込んだ途端に、またあの時の感覚がよみがえる。
恐怖で身体がうまく動かせない。
身体が沈み込み焦った俺は、海中にはあるはずのない空気を求め、海水をしたたか飲んでしまった。

苦しい…
俺は馬鹿だ!
 俺は一体なにをやっているんだ…?
命拾いをしたばかりだというのに、俺は何をやってるんだ?
……今度こそ、俺は死んでしまうんだ…!

そう思った時だった。

だれかに、身体を支えられ、俺は海面に顔を出すことが出来た。

新鮮な空気が俺の肺に流れ込み、俺は激しく咳き込んだ。

 意識がはっきりとしてきた時、俺の目に映ったもの…それは女だった。
あの時の髪の長い女だ…!

あれは、夢でも幻想でもなかったんだ…!

俺と目が合うと、女はあわてて海に潜りこもうとした。



「待って!
どうか、待ってくれ!」

女は振り向いた。



「あ…ありがとう
この間は助けてもらって…
本当に感謝している…」

女は黙って俺の話を聞いていた。



「俺の言葉がわかるか?
俺はニコル
おまえは…人魚…なんだな…?」

女の顔色がさっと変わり、水飛沫をあげて海の中に潜り込んだ。



「待って!
待ってくれ!!」

しかし、それ以来、女は姿を現さなかった。
仕方なく、俺は陸へ引き返した。 
 
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