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ルカ(聖夜月ルカ)

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014 : 奈落の女神

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「ごめんなさい…
あなたの境遇が、あまりに私と似てるものだから…」

「……クロワさん…」

「でも、もうそんなこと関係ないわ!
これからは違う人生を歩んでいくのよ。
あなたは私より早くにやり直せて良かったわ。」

クロワはイシドールを優しい眼差しでみつめた。
彼女はイシドールのことを身内のように近い存在に想っているのかもしれない。



暗くなってから、私達は町のはずれを通りその町を離れた。

地図によると次の町まではさほど遠くはなさそうだが、明日の朝には着くだろうか…

私達は、話もせず暗闇の中を黙々と歩き続けた。

ランプの灯りが不要になった頃、町らしき集落が見えてきた。



「イシドール、足は大丈夫か?痛まなかったか?」

「あぁ、もう全然なんともないよ。
それより腹がすいたな。」

「宿屋があれば良いんですけど…」

朝早いせいか、町の中は閑散としている。

しばらく見てまわった後、やっと一軒の宿屋を見付けた。

私達が入っていくと、つい今しがたまで眠っていただろうと思われる主人が出てきた。

部屋に通され、しばらくすると朝食の準備が出来たと主人が呼びに来た。

テーブルの上には素朴な料理が何品か並べてあった。
その中には湯気が立ち上り、おいしそうなにおいのする魚のソテーもあった。



「イシドール…食べなさい!
あなたはもう生まれ変わったのよ!
いやなことはもう何もかも忘れるの!
だから、食べなさい!」

「……俺……」

「イシドール、食べるのよ!!」

イシドールは立ち上がり、そのまま外に飛び出してしまった。



 「私に任せて下さい。」

私は、イシドールの後を追い掛けた。



「イシドール、無理しなくて良いんだ。
パンやスープもあるんだ。
魚は残しておけば良い。」

彼は黙ったまま小さく頷いた。



「さぁ、帰るぞ。
私も腹が減ってるんだ。」

イシドールの背中を押して食堂に戻ると、テーブルには魚のソテーの代わりに干し肉が用意されていた。



「…ごめんなさい、イシドール…
私、焦りすぎたみたいだわ…」

「…いや、俺が悪いんだ…」

「どちらも悪くないさ。
焦ることはない。
これから時間はたっぷりあるんだ。」

クロワもイシドールも静かに微笑んだ。

それから私達は和やかに昼食を済ませ、部屋でしばらく眠ることにした。

 
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