お題小説

008 ： 芸術神（ミューズ）の指先

３

そう言って、涙を流すクロワを私は呆然とみつめていた。

 何を言っている…？

これだけ私のために尽してくれているのに、いつどんな迷惑をかけたというのか？



「クロワさん…
私にはあなたの言ってる意味がわかりません。
私はあなたに迷惑をかけられた覚えなど一度もありません。」

「……私のせいで、ソレイユ様が…あんなことに……」

思いがけないクロワの言葉に、私の鼓動は急激に速くなった。



「どういうことです！？」

クロワは、溢れる涙を拭いながら、かすれた声で語った。



「……私がマルタンさんを探したから……
だから、ソレイユ様はあんなことに…」

クロワの言葉に私は身体の力が抜けるのを感じた。

何を言うのかと思えば、そんなことか…

クロワという女は思い込みが激しい女なのだ…
何かあると、それをすぐに自分のせいだと思い込む…
詳しいことはわからないが…おそらく、彼女の生い立ちが彼女の性格をそんな風に歪めてしまったのだろう…



「…クロワさん…
彼女の死はあなたには関係のないことだ…
彼女は…絶望の中、プライドだけを心の支えに生きていた…
その人生に終息をもたらしたのはこの私だ…
あなたではない。」

「いえ…私が…」

「彼女の話はもう良い！
やめてくれ！！」

私は、大きな声でそう言いはなつと、その場にクロワを残し部屋に戻った。

ソレイユの名前を聞いただけで、熱い涙が溢れてくる。

彼女の死は、私が原因でありたかった…
だからこそ、クロワの言葉にあんなに腹が立ったのだろう。

私のせいで彼女は死に、そして私が彼女を楽にすることが出来た。
そう思いたかったのだ…

私が彼女を幸せにすることが出来たのだ…
彼女はきっと死ぬことでしか、幸せになることは出来なかった…

しかし、それではなぜこんなにも私の心は晴れないのか？

彼女を失った悲しみ…？

いや…それは、自分が愛されてはいなかったという失望…

彼女の幸せを喜んでいるのは、ただの見せかけ…
実は、会ったことすらないベルナールに対する嫉妬のせいなのかもしれない…



私は、自分のことを世の中で一醜い人間のように感じていた。