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070.柔らかな風
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ウェンディは、高くそびえ立つ絶壁を見上げた。
少し離れた場所からでも首が痛くなる程の角度を取らないと、その縁は見えない。
壁は黒くつるつるとした硝子質で、とても固いものだ。
ここがどこにある世界で、なぜ、自分達がこんな所にいるのかをはっきりと知る者は一人もいない。
自らを「落とされた民」と呼ぶ人々が住むこの場所の本当の名前も誰も知らない。
百名足らずの人々が暮らすこの集落は、外界と閉ざされてはいたけれど特に大きな不自由はなかった。
鳥が落としたのか、誰かが昔に持ち込んだのかはわからないが、実を付ける果物の木や野菜が豊富にあり、食べる物には困らない。
井戸も昔からあった。
家を建てられる者もいた。
鍛冶屋もいれば、仕立て屋もいる。
医師もいれば、神父もいる。
各々が得意な分野を請け負い、まるで一つの家族のように助け合って暮らしていた。
他の世界のことを知らないこともあり、ウェンディはここでの生活に特に不満に感じることはなかったが、ただ一つだけ悩みがあった。
それは、この集落での掟により、二十歳になれば結婚しなければならないということ。
結婚相手は、長老が決める。
ウェンディの相手は、タークスという三十九歳の男だ。
ウェンディにとってのタークスは特に良い印象もなければ悪い印象もないが、親しく話したことも一度もなかった。
タークスにはすでに二人の妻がおり、ウェンディは三人目の妻となる。
ファビアンの相手は三十歳のマギーという女性で、マギーにはすでにラッドという夫がいる。
この集落では、理由はよくわからないが子供がなかなか生まれない。
今もウェンディたちより年下の者はほんの数人しかいなかった。
昔は、好きな者同士が自由に結婚する事を許されていた時期もあったが、そのせいで血の濃い者が生まれて育たなかったり、相手を奪い合って殺し合いをする者までがいたために、こういう制度が考え出されということだった。
人数の少ないこの集落を存続させるために、こういった掟は仕方のないことだと理解していたし、ウェンディの両親にも他に妻や夫がいたからそのことに特に違和感はなかったが、ただ、これから先ファビアンと離れて暮らすことになるのが、ウェンディにはたまらなく寂しいことだった。
離れるとはいっても、さほど広くないこの集落では会おうと思えばいつだって会える。
けれど、生まれてから今まで一日たりとも離れることのなかったファビアンと違う家で暮らすということは、ウェンディには身を切るような痛みを感じさせるものだった。
(この高い壁の向こうにはどんな世界があるのかしら?
集落を守るためだけの結婚なんて、きっとないでしょうね。
空と同じように大地もどこまでも続いてて、人々もここよりずっと自由で…
誰を好きになるのもきっと自由で……)
ウェンディは、道を逸れ草原の一角に腰を降ろす。
少し離れた場所からでも首が痛くなる程の角度を取らないと、その縁は見えない。
壁は黒くつるつるとした硝子質で、とても固いものだ。
ここがどこにある世界で、なぜ、自分達がこんな所にいるのかをはっきりと知る者は一人もいない。
自らを「落とされた民」と呼ぶ人々が住むこの場所の本当の名前も誰も知らない。
百名足らずの人々が暮らすこの集落は、外界と閉ざされてはいたけれど特に大きな不自由はなかった。
鳥が落としたのか、誰かが昔に持ち込んだのかはわからないが、実を付ける果物の木や野菜が豊富にあり、食べる物には困らない。
井戸も昔からあった。
家を建てられる者もいた。
鍛冶屋もいれば、仕立て屋もいる。
医師もいれば、神父もいる。
各々が得意な分野を請け負い、まるで一つの家族のように助け合って暮らしていた。
他の世界のことを知らないこともあり、ウェンディはここでの生活に特に不満に感じることはなかったが、ただ一つだけ悩みがあった。
それは、この集落での掟により、二十歳になれば結婚しなければならないということ。
結婚相手は、長老が決める。
ウェンディの相手は、タークスという三十九歳の男だ。
ウェンディにとってのタークスは特に良い印象もなければ悪い印象もないが、親しく話したことも一度もなかった。
タークスにはすでに二人の妻がおり、ウェンディは三人目の妻となる。
ファビアンの相手は三十歳のマギーという女性で、マギーにはすでにラッドという夫がいる。
この集落では、理由はよくわからないが子供がなかなか生まれない。
今もウェンディたちより年下の者はほんの数人しかいなかった。
昔は、好きな者同士が自由に結婚する事を許されていた時期もあったが、そのせいで血の濃い者が生まれて育たなかったり、相手を奪い合って殺し合いをする者までがいたために、こういう制度が考え出されということだった。
人数の少ないこの集落を存続させるために、こういった掟は仕方のないことだと理解していたし、ウェンディの両親にも他に妻や夫がいたからそのことに特に違和感はなかったが、ただ、これから先ファビアンと離れて暮らすことになるのが、ウェンディにはたまらなく寂しいことだった。
離れるとはいっても、さほど広くないこの集落では会おうと思えばいつだって会える。
けれど、生まれてから今まで一日たりとも離れることのなかったファビアンと違う家で暮らすということは、ウェンディには身を切るような痛みを感じさせるものだった。
(この高い壁の向こうにはどんな世界があるのかしら?
集落を守るためだけの結婚なんて、きっとないでしょうね。
空と同じように大地もどこまでも続いてて、人々もここよりずっと自由で…
誰を好きになるのもきっと自由で……)
ウェンディは、道を逸れ草原の一角に腰を降ろす。
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