夢の硝子玉

それぞれの旅立ち

２９

その日、両親とオペラを見に来ていたリュシーは、休憩時間、人ごみにまぎれて、そっと会場を抜け出した。
 彼女が見たかったのは、オペラではなく当時人々の話題にのぼっていたサーカスの方だった。
だが、彼女の父親はそんな低俗なものは見る価値がないと言って、許してはくれない。
それでも、リュシーはどうしてもサーカスを諦めることは出来なかった。
ほんの少しで良いからサーカスをのぞいて帰って来ようと思い立ち、彼女は当日その計画を実行した。
 会場を抜け出したリュシーは、馬車に飛びこみ、サーカスの開催されてる町へ行ってくれるよう頼んだ。
リュシーの計画はうまく運んだ。
サーカスの開催されている町へは思った以上に遠く、馬車で二時間程かかる所だということだった。
だが、ほんの少しのぞいてすぐに戻れば、確実にその日のうちに戻れる…そう考えたリュシーの計画は中断されることはなかった。
だが、運悪く途中で車輪の具合が悪くなり、馬車はある町に立ち寄った。
そこでリュシーがお金を持っていない事を告げると、御者の態度は急変し、リュシーはその町で置いてけぼりにされた。
 引き返せば良いものを、リュシーは町の者にサーカスの町のことを聞き、歩いてその町まで行く事を決意する。
しかし、行けども行けどもそれらしき町は見当たらず、気付けばあたりは真っ暗になっていた。
リュシーは心細さと大変なことをしてしまった後悔から、その晩は一睡も出来ないまま木の根元で夜を明かした。
 次の朝、まだ夜が明けきらぬうちからリュシーは町を探して歩き出した。
 歩いて歩いてへとへとになった頃、やっと遠くに集落があるのが見えた。
リュシーは、喜び勇んでその町に走って行った。
 町に辿り着いてほっとしたのも束の間、迷路のように入り組んだその町は、リュシーがいまだかつて見た事のないような粗末な小屋ばかりが立ち並び、町の者達はリュシーのことを冷やかな眼差しでみつめる。
そのことで、声をかけそびれているうちに、リュシーは男達に絡まれ、その時、助けてくれたのがイリアスだった。