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ライムライト

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「私はあんたなんかの母親じゃないよ。
おかしなことを言うのはやめとくれ。」

「でも……」

「さぁ、帰った、帰った。
あたしゃ、もう眠いんだ。
くだらない話に付き合ってなんていられないよ。」

肩を落とした男が部屋を出て、私はテーブルに突っ伏して咽び泣く。
そして、私に当たっていた小さなライトは消え、舞台は暗転した。



私の出番はこれで終わりだ。
台詞の練習をする程ではなかった。
たったこれだけだもの。
いくら歳を取ったといっても、このくらいすぐに覚えられる。



「ドロシーさん、お疲れ様。良かったですよ。」

「ありがとうございます。」



監督はまだ若いけど、よく出来た人だ。
こんな私にも労いの言葉をかけてくれる。



大部屋に戻り、化粧を落とす。
大して変わり映えしない。
衣装は自前だから、着替える必要さえない。



おそらく、これが今年の最初で最後の舞台となるだろう。
でも、一度でも出られただけまだマシだ。
去年は一度もなかったんだから。



二階の客席にそっと座った。
舞台では、主役の女優が眩いライトに照らされている。
私もかつてはそうだった。
いくつものライムライトに照らされ、私は力いっぱい演技をした。
ある時は、貧しく薄幸な町娘、またある時は、高慢な女王…
私は数え切れない程の人物になりきり、観客からは割れんばかりの拍手と歓声をもらった。



だけど、歳と共に仕事は少なくなり、たまにもらえるのも老人の役ばかりになった。
あの眩いライトに照らされることはなくなった。
私に当たるのは薄暗いライトだけ。
私はもう必要とされていないのだ。



それなのに、私はまだ舞台に惹かれている。
どんな役でも良い。
薄暗いライトでも構わない。
ただ舞台に立てるだけで、私は幸せなのだ。



そう思いながらも、主人公の女優には小さな嫉妬のようなものを感じる。
でも、私にはもう手が届かない。
私がライムライトに照らされることは、もう二度とないのだから。
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