お題小説2

ルカ(聖夜月ルカ)

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040 : 嘲りの犠牲

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その後は、書かれる文字が少なくなった。
 義父の体調のことや日々のちょっとした変化を数行簡単に書き留めるだけになっていた。
それは、ちょうど、世間の噂を気にしてイングリットの家に来なくなった頃だ。
 短い文面の中にも、ビルの気持ちが沈んでいることが感じられた。
だが、しばらく経つと、気持ちを切り換えたのか、イングリットの庭のプランが細かに書かれるようになっていた。
どのような花を植え、どこにどんな手入れを施すかという予定があれこれと書き込まれてあり、それが最後の日記となっていた。



 (……やっぱり、ビルは犯人なんかじゃないんだわ。
 少女に暴行した人間がこんな穏やかに日記を書けるはずがないもの。
それに、バーグマンさんとの諍いもすぐに決着したみたいだし、ビルがバーグマンさんを殺す理由なんて何も見当たらない。
そもそもこんな優しい人が、人を殺す筈なんてないのよ…
 ……そんなことわかってた筈なのに、私は……)

イングリットは胸にのしかかる大きな罪の意識に耐えきれず、その場に突っ伏し、声を上げて泣いた。
この町の誰よりも、ビルに対して一番酷いことをしてしまったような気持ちを感じ、いたたまれなくなった。



 (ビル…本当にごめんなさい。
 許してもらえないかもしれないけど、あなたに謝りたい!
ビル…お願いだから早く帰って来て!)



 *



それからのイングリットは、ますます自分の殻に閉じこもり、見回りに来た自警団の者にも扉は開かなかった。
 死んでしまいたいと考えてもいたが、そんなことをすればまた両親を傷付けてしまう。
 自分を信じて一人暮らしを許してくれた両親は、そのことで以前よりもさらに深く傷付くことだろう。
 両親だけではない。
マーチンも、きっとそうだ。
そう思うと、二度とそのような馬鹿な真似はしてはいけないと、イングリットはどうにか思い留まることが出来た。



 (そうよ…私はビルに謝らなきゃいけないんだもの…
死ぬなんて、絶対に許されない…)



ビルが戻って来たら、どのように謝ろう…
イングリットはそんなことを考えるようになった。
 考える度に、イングリットの心の中にビルとの時間がよみがえる。
ビルの笑った顔、寂しそうな顔、少し照れたような顔…
そして、ビルの声、話した言葉、逞しい身体と大きな足…
いつしか、イングリットの心の中はビルで埋め尽されるようになっていた。



 (私……もしかしたら、ビルのことをずっと……)

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