お題小説2

ルカ(聖夜月ルカ)

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040 : 嘲りの犠牲

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 次の朝、リビングに現れたイングリットは、青ざめた顔をして救いを求めるような眼差しをマーチンに投げ掛けた。

 「どうしたんだ、イングリット!」

その問いかけに、イングリットは何も答えずただ何度も首を振る。



 「イングリット、落ちついて。
 慌てなくて良いからゆっくり話してごらん。」

イングリットはなおも首を振り、両手で首を押さえてみせた。



 「喉が…どうかしたのかい…?
イングリット…もしかして、君、声が出ないのかい?」

イングリットはうっすらと涙を貯め、深く頷く。



 「声が……そうか。
イングリット、そんなことなら心配しなくて良いよ。
 君は昨日のことで、ショックを受けた。
そのせいで一時的に声が出なくなっただけさ。
しばらくすればすぐに戻るさ。
 朝食を食べたら、医者の所に行ってみよう。
 私も着いて行くからね。」

マーチンの優しい言葉で、イングリットはようやく落ちつきを取り戻したが、朝食にはほとんど手を着けなかった。
イングリットはいまだかつて声が出ないということは体験したことがなかった。
せいぜい、風邪をひいて声がかすれたくらいのことだ。
いつもは声を出すという事を意識して喋った事などなかったが、今朝はどんなに声を出そうとしても、ただ口が動くだけで声にはならなかったのだ。
 今朝、窓辺に飛んで来た小鳥に話しかけたことが始まりだった。
 異変に気付いた途端、イングリットは激しい不安に襲われた。
まだ早い時間だったため、マーチンを起こしてはいけないと考えたイングリットはじっと堪え、水を飲んだり喉をマッサージしてみたが症状は少しも改善されず、そのことでさらに不安は募り絶望的な気持ちに変わっていた。



 医師の診立てもマーチンと同じく、声が出ないのは身体的な原因ではなく、ショックに因る一時的な症状だろうと話した。
 医師はあまり深刻に悩まずリラックスすることを勧め、処方されたのは軽い精神安定剤だけだった。

マーチンは、イングリットの身を案じながらも、次の日からは自警団の者達と共にビルの捜索に加わった。
その間、イングリットは部屋の中に一人閉じこもり、罪の意識に苛まれていた。



 (天罰が下ったんだわ…
私がビルにあんな酷い事を言ったから…
彼のことを信じられなかったから……)



あの日から、イングリットの頭に浮かぶのはただその想いだけだった。
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