お題小説2

ルカ(聖夜月ルカ)

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039 : ケダモノ

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家の中に駆けこんだイングリットは、冷たい水をぐびぐびと飲み干し長椅子に深く腰掛けた。
つい先程、男達に言われた言葉がイングリットの頭の中をぐるぐると駆け巡る。



 (そんな事ある筈がない!
あのビルが、そんな恐ろしいことをするなんてことありえない!)

ビルと接する機会が増えるに連れ、イングリットには彼の誠実でまじめな性格がよくわかった。
わかればわかる程に、ただ、容姿が良くないということだけでずっと辛い目にあってきた彼のことがとても気の毒に感じられた。
 彼が、そんな恐ろしいことをする人間ではないということは信じていたが、それとは別に、イングリットの心の中には少しわだかまった想いがあった。
それは、彼が自分に好意を抱いているということ。
 彼の態度を見ていれば、そのことはすぐに察しがついた。
イングリットは、ビルのことを良い人だとは思い、好意も感じていたが、それは男性としてではなく、人間としての好意だと思っていた。



 (……でも、いくら私のことを好きだとしても…そんなこと……
ええ、彼に限ってそんなことは絶対にないわ!
あの事件のことを聞いた時だって、彼は少女のことにとても同情して……あ…)

 当時のことを回想するイングリットの頭の中に、ある記憶が呼び起こされた。



 (そうだわ…確か、ビルはあの頃、苗木を買いにあの町に行くって言ってた。
 事件があったのは……)

ぼやけている記憶の糸を、イングリットは必死になって手繰り寄せた。



 (あの事件のことは確かマーチンから聞いて…
そう…ビルが苗木を買いに行くと言ってたのは、まさにちょうどその頃だわ…)

イングリットは、ビルを信じていた筈の気持ちが一気にぐらついてくるのを感じた。
それと同時にいやな記憶がイングリットの脳裏をかすめる。
 一度も疑ったことのなかった最愛の人は、二年も前からイングリットの親友と通じていた。
 突然、婚約を解消された時、彼と親友はイングリットのことを笑った。
 「まさか、少しも気付いてなかったわけじゃないでしょう?」と…



(私は…私はまたあの時のように、ビルに騙されているというの?
ビルの本性になにも気付いてないだけなの!?)

 黒く澱んだ不安の波に飲みこまれ、イングリットは頭を抱えて俯いた。
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