568 / 697
080. 優しい悪魔
4
しおりを挟む
次の日から、私はロッシュへの嫌がらせを開始した。
石につまずかせて酒瓶を割ってやったり、小家の屋根に穴を開けたり、畑の作物を枯らしてやった。
そんな些細なことも、ギリギリの生活をしている奴にとっては、大変な問題のはずだ。
なのに、奴は私に会いに来ることはなかった。
私はいやがらせを続けた。
奴が困ることを、毎日のように仕掛けてやった。
だが、奴は、それでも私を頼ろうとはしない。
(なんて、しぶとい奴だ!)
気が付けば、すでに一年近くの時が流れていた。
これほど手こずらせられたことはない。
だが、ここまで来たら、私も意地だ。
いつまでだって待ってやる。
人間とは違い、私には無限の時間があるのだから。
それから、ひと月程が経った頃、風の噂でロッシュが倒れたことを知った。
(当然のことだ…きっと、今度は私に泣きつくだろう…)
私は、奴の家を訪ねた。
とても家とは呼べない、酷い所だった。
薄暗い部屋の片隅の寝台に横たわっているのは、骨と皮だけになり、死人のような白い顔をした、以前とはまるで別人のロッシュだった。
「ロッシュ!い、一体、どうしたというのだ!?」
「あなたは……?」
ロッシュは、目もしっかりと見えていないようだった。
奴は力なく片手を突き出す。
「私だ…以前、魂の契約を持ちかけた悪魔だ。」
「あぁ……」
ロッシュは、手を降ろした。
「ロッシュ、すぐに私と契約するのだ!
そうすればおまえは助かる!
これから先、何の苦労もせずに、面白おかしく暮らしていける!」
ロッシュは、わずかに首を振った。
「僕は、悪魔とは…契約しない…」
「なぜだ!なぜ、そこまで私を拒む?
おまえだって金は欲しいだろう?
楽しい想いをしたいだろう?」
ロッシュの顔に小さな笑みが浮かんだ。
「悪魔さん…僕は名誉もお金もいらない。
今、欲しいのは冷たい水だけだ…」
「水…?し、しかし、私には…」
そう、悪魔は、人間に食べ物を与えることは出来ないのだ。
「ロッシュ、私と契約しろ!
そうすれば、お前は医者にかかって元気になれる!」
「水を…下…さい…」
「わ、私には…それは…」
「どうか……水……を……」
それが、奴の最期の言葉だった。
力を失った首ががくりとうなだれた。
「ロッシュ…?ロッシュ…!」
奴の美しく清らかな魂は、早々に天使が持ち去った…
私はとうとう奴の魂を手に入れることは出来なかったのだ。
(……さようなら、ロッシュ…
あの世でたっぷり水を飲めよ…)
あいつに仕掛けた嫌がらせの数々が脳裏をかすめた。
意地を張り過ぎた…
私には似合わない『後悔』の感情が、私の心に重くのしかかった。
石につまずかせて酒瓶を割ってやったり、小家の屋根に穴を開けたり、畑の作物を枯らしてやった。
そんな些細なことも、ギリギリの生活をしている奴にとっては、大変な問題のはずだ。
なのに、奴は私に会いに来ることはなかった。
私はいやがらせを続けた。
奴が困ることを、毎日のように仕掛けてやった。
だが、奴は、それでも私を頼ろうとはしない。
(なんて、しぶとい奴だ!)
気が付けば、すでに一年近くの時が流れていた。
これほど手こずらせられたことはない。
だが、ここまで来たら、私も意地だ。
いつまでだって待ってやる。
人間とは違い、私には無限の時間があるのだから。
それから、ひと月程が経った頃、風の噂でロッシュが倒れたことを知った。
(当然のことだ…きっと、今度は私に泣きつくだろう…)
私は、奴の家を訪ねた。
とても家とは呼べない、酷い所だった。
薄暗い部屋の片隅の寝台に横たわっているのは、骨と皮だけになり、死人のような白い顔をした、以前とはまるで別人のロッシュだった。
「ロッシュ!い、一体、どうしたというのだ!?」
「あなたは……?」
ロッシュは、目もしっかりと見えていないようだった。
奴は力なく片手を突き出す。
「私だ…以前、魂の契約を持ちかけた悪魔だ。」
「あぁ……」
ロッシュは、手を降ろした。
「ロッシュ、すぐに私と契約するのだ!
そうすればおまえは助かる!
これから先、何の苦労もせずに、面白おかしく暮らしていける!」
ロッシュは、わずかに首を振った。
「僕は、悪魔とは…契約しない…」
「なぜだ!なぜ、そこまで私を拒む?
おまえだって金は欲しいだろう?
楽しい想いをしたいだろう?」
ロッシュの顔に小さな笑みが浮かんだ。
「悪魔さん…僕は名誉もお金もいらない。
今、欲しいのは冷たい水だけだ…」
「水…?し、しかし、私には…」
そう、悪魔は、人間に食べ物を与えることは出来ないのだ。
「ロッシュ、私と契約しろ!
そうすれば、お前は医者にかかって元気になれる!」
「水を…下…さい…」
「わ、私には…それは…」
「どうか……水……を……」
それが、奴の最期の言葉だった。
力を失った首ががくりとうなだれた。
「ロッシュ…?ロッシュ…!」
奴の美しく清らかな魂は、早々に天使が持ち去った…
私はとうとう奴の魂を手に入れることは出来なかったのだ。
(……さようなら、ロッシュ…
あの世でたっぷり水を飲めよ…)
あいつに仕掛けた嫌がらせの数々が脳裏をかすめた。
意地を張り過ぎた…
私には似合わない『後悔』の感情が、私の心に重くのしかかった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
【完結】家庭菜園士の強野菜無双!俺の野菜は激強い、魔王も勇者もチート野菜で一捻り!
鏑木 うりこ
ファンタジー
幸田と向田はトラックにドン☆されて異世界転生した。
勇者チートハーレムモノのラノベが好きな幸田は勇者に、まったりスローライフモノのラノベが好きな向田には……「家庭菜園士」が女神様より授けられた!
「家庭菜園だけかよーー!」
元向田、現タトは叫ぶがまあ念願のスローライフは叶いそうである?
大変!第2回次世代ファンタジーカップのタグをつけたはずなのに、ついてないぞ……。あまりに衝撃すぎて倒れた……(;´Д`)もうだめだー
みそっかすちびっ子転生王女は死にたくない!
沢野 りお
ファンタジー
【書籍化します!】2022年12月下旬にレジーナブックス様から刊行されることになりました!
定番の転生しました、前世アラサー女子です。
前世の記憶が戻ったのは、7歳のとき。
・・・なんか、病的に痩せていて体力ナシでみすぼらしいんだけど・・・、え?王女なの?これで?
どうやら亡くなった母の身分が低かったため、血の繋がった家族からは存在を無視された、みそっかすの王女が私。
しかも、使用人から虐げられていじめられている?お世話も満足にされずに、衰弱死寸前?
ええーっ!
まだ7歳の体では自立するのも無理だし、ぐぬぬぬ。
しっかーし、奴隷の亜人と手を組んで、こんなクソ王宮や国なんか出て行ってやる!
家出ならぬ、王宮出を企てる間に、なにやら王位継承を巡ってキナ臭い感じが・・・。
えっ?私には関係ないんだから巻き込まないでよ!ちょっと、王族暗殺?継承争い勃発?亜人奴隷解放運動?
そんなの知らなーい!
みそっかすちびっ子転生王女の私が、城出・出国して、安全な地でチート能力を駆使して、ワハハハハな生活を手に入れる、そんな立身出世のお話でぇーす!
え?違う?
とりあえず、家族になった亜人たちと、あっちのトラブル、こっちの騒動に巻き込まれながら、旅をしていきます。
R15は保険です。
更新は不定期です。
「みそっかすちびっ子王女の転生冒険ものがたり」を改訂、再up。
2021/8/21 改めて投稿し直しました。
異世界に来たら勇者するより旅行でしょう
はたつば
ファンタジー
大きな力を持つ者が揃った学校の一クラス。彼らは異世界へと召喚された。恩恵、魔術、兵器使用など、様々な力を転移前から持っていた彼らは異世界で何を見るのか。クラス内で化け物とされていた黒田 楓は居心地最悪のクラス内から抜け出すために王に頼んで旅に出た。最強な主人公が異世界を観光したり、家を建ててみたり、戦ってみたりと色々する物語です。
よくある主人公最強系がいいです。
異世界に来て美少女と出会う、爺と仲良くなる、国王がネタになる、かつての仲間と再会する、学園祭を満喫、別世界にいる、遊ぶ←イマココ
タイトル詐欺と言う人もいるかもしれないが、逆に考えよう。まだ、本編は始まっていないと・・・
九十話を超えて、タイトル回収の目処が・・・。
ストーリー性とかがちょっと(どころではなく)欠けているので、暇な人だけどうぞ
確定の更新日は毎週土曜19時です。その他でも不定期で更新することも無きにしもなんたら。
ーーーーーーー
もう一つ、『僕達はどうしても美少女を仲間にしたい』をよろしくお願いします。
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる