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名刺入れ(かに座)

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(今回はこれだな。)

俺はテーブルの上にずらりと並んだ名刺入れをゆっくりと眺め、そして、その中の一つを手に取った。







「まぁ、あの有名な大学病院のドクターなんですか!」

「有名かどうかはわかりませんが…
まぁ、同じ外科とはいえ、深山君等とは格の違う一介の外科医ですけどね。」

「深山君って…もしかして、あの世界的な心臓外科の権威のあの深山先生ですか!」

女性は、うっとりとした視線で俺をみつめる。
その顔を見て、俺は、今回の仕事の成功を確信した。



今日の俺は、山崎孝一という外科医だ。
山崎先生なんてどこにでもいる。
偽名は奇をてらったものよりも、こういった地味でありふれたものの方が安心感があり、いざという時の言い逃れもしやすいものだ。



考えてみれば、俺がこういう事を始めたのはまだ二十歳そこそこのことだった。
親からもらった容姿の良さを武器に、適当なことを言って金を巻き上げる…
その時はまだ本名を名のっていた。

そんな生活をするうちに、だんだんと俺の嘘は手の混んだものに変わっていった。
ただ偽名を使うだけではなく、その嘘を信じこませるために名刺を作り、その人物になりきるための衣類や小道具を買い揃えた。



(俺は、俳優なんだ…)



そんな風に自分に言い聞かせ、俺は次から次に様々な人物に変わっては、結婚を餌に女達から金を吸い取った。

俺はどんな女の事も大切に扱う。
見栄えの良くない女、若くない女…自分に引け目を持った女ほど騙しやすいが、そういう女は傷付きやすかったり、すでに心の傷を抱えた者が多い。
俺は金をもらう代わりに、そういう女達の傷を癒し、夢を与える仕事をしてるだけだ。
金を巻き上げておいて勝手なことを言ってると思われるかもしれないが、どんなことがあろうと、俺は相手を傷付けるようなことだけはしないように心がけている。
そのせいか、俺は今まで誰からも訴えられた事はなく、塀の中に入った事はまだない。
きっと、これから先も…
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