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春の訪れ
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「こんばんは。」
「こ、こんばんは。」
アパートのすぐ傍で、僕は隣の山下さんに出会った。
会えば、挨拶はするけれど、それ以上は話したことはない。
最初はそういうのを寂しいとか冷たいとか思ったけれど、こっちで暮らしているうちに、都会ではそれが当たり前のことだとわかった。
山下さんは挨拶をしてくれるけど、こっちが挨拶をしても知らん顔で行ってしまう人だっているのだ。
それが、都会というものらしい。
山下さんは、なんだかいつもとは様子が違う気がした。
だけど、そんな話はしてはいけない。
そんなプライベートなことを訊くのは、都会では失礼に当たるのだ。
何も訊かないのが一番だ。
僕は、気になりつつもその場を離れた。
その二日後、僕はゴミ出しの時に、また山下さんに出会った。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
やっぱり、何かがおかしい。
そのことがとても気になった。
山下さんの身に、何か困ったことが起きているのではないだろうか?
だけど、そんなおせっかいを焼くのは良くない。
もしも、何かあるとしても、山下さんが何かを言って来るのを待たなければならない。
ゴミを置き、僕は部屋に引き返した。
けれど、その日は一日中、山下さんのことが頭から離れなかった。
もしかしたら、何か僕が役に立てることもあるかもしれないのに…
都会に来てから、変わってしまった自分自身がどこか切なかった。
*
(……ん?)
次の日の朝…僕は、ひばりの声で目を覚ました。
こんな都会にもひばりはいるのか…何となくうれしくなって、僕は起き上がり、ベランダに出て空を見上げた。
けれど、空にひばりらしきものはいなかった。
その時、隣のベランダに物音がして…山下さんが顔をのぞかせた。
その顔はとても不安そうなものだった。
「あの、山下さん……」
「ご、ごめんなさい!で、でも、これには事情があって…」
山下さんは泣きそうな顔をして、部屋の中に引っ込んだ。
僕はどうにも心配になって、山下さんの家を訪ねた。
「……どうぞ。」
「え?良いんですか?」
「はい。」
ちょっと話をしようと思っただけなのに、山下さんは僕を部屋の中に入れてくれた。
隣の住人だとはいえ、女性の一人暮らしの部屋に入れてもらって良いものか?と、心配しながら、僕はその言葉に従った。
「あ…」
テーブルの上には鳥かごがあり、その中にはひばりがいた。
「数日前、この近くで拾ったんです。
猫にでも襲われたのか、羽を怪我していて…そのままにしていたら死んでしまうんじゃないかと思って、拾って来てしまったんです。
でも、治ったら逃がすつもりですし…ですから、このことは大家さんには黙っててほしいんです。」
「えっ?」
このアパートはペットは禁止だ。
どうやら、山下さんは、このひばりのことを隣人の僕が大家さんに言いつけないかと心配していたようだ。
「そうだったんですか…
そんなことならご心配なく。
僕は何も言いません。
それに、このひばり…もうずいぶん元気になって来たみたいですね。」
「えっ?ひばり?すずめじゃないんですか?」
「違いますよ。これはひばりです。
すずめより大きいでしょう?」
「大きいすずめかと思ってました!」
照れる山下さんが、なんとも可愛く思えた。
その時、ひばりが大きな声でさえずった。
「だめよ、しー!」
口元に人差し指をあてて焦る山下さんに、思わず笑みがこぼれた。
都会にも、こんな人がいたなんて…
山下さんのイメージが、今までとは急に変わった。
「こ、こんばんは。」
アパートのすぐ傍で、僕は隣の山下さんに出会った。
会えば、挨拶はするけれど、それ以上は話したことはない。
最初はそういうのを寂しいとか冷たいとか思ったけれど、こっちで暮らしているうちに、都会ではそれが当たり前のことだとわかった。
山下さんは挨拶をしてくれるけど、こっちが挨拶をしても知らん顔で行ってしまう人だっているのだ。
それが、都会というものらしい。
山下さんは、なんだかいつもとは様子が違う気がした。
だけど、そんな話はしてはいけない。
そんなプライベートなことを訊くのは、都会では失礼に当たるのだ。
何も訊かないのが一番だ。
僕は、気になりつつもその場を離れた。
その二日後、僕はゴミ出しの時に、また山下さんに出会った。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
やっぱり、何かがおかしい。
そのことがとても気になった。
山下さんの身に、何か困ったことが起きているのではないだろうか?
だけど、そんなおせっかいを焼くのは良くない。
もしも、何かあるとしても、山下さんが何かを言って来るのを待たなければならない。
ゴミを置き、僕は部屋に引き返した。
けれど、その日は一日中、山下さんのことが頭から離れなかった。
もしかしたら、何か僕が役に立てることもあるかもしれないのに…
都会に来てから、変わってしまった自分自身がどこか切なかった。
*
(……ん?)
次の日の朝…僕は、ひばりの声で目を覚ました。
こんな都会にもひばりはいるのか…何となくうれしくなって、僕は起き上がり、ベランダに出て空を見上げた。
けれど、空にひばりらしきものはいなかった。
その時、隣のベランダに物音がして…山下さんが顔をのぞかせた。
その顔はとても不安そうなものだった。
「あの、山下さん……」
「ご、ごめんなさい!で、でも、これには事情があって…」
山下さんは泣きそうな顔をして、部屋の中に引っ込んだ。
僕はどうにも心配になって、山下さんの家を訪ねた。
「……どうぞ。」
「え?良いんですか?」
「はい。」
ちょっと話をしようと思っただけなのに、山下さんは僕を部屋の中に入れてくれた。
隣の住人だとはいえ、女性の一人暮らしの部屋に入れてもらって良いものか?と、心配しながら、僕はその言葉に従った。
「あ…」
テーブルの上には鳥かごがあり、その中にはひばりがいた。
「数日前、この近くで拾ったんです。
猫にでも襲われたのか、羽を怪我していて…そのままにしていたら死んでしまうんじゃないかと思って、拾って来てしまったんです。
でも、治ったら逃がすつもりですし…ですから、このことは大家さんには黙っててほしいんです。」
「えっ?」
このアパートはペットは禁止だ。
どうやら、山下さんは、このひばりのことを隣人の僕が大家さんに言いつけないかと心配していたようだ。
「そうだったんですか…
そんなことならご心配なく。
僕は何も言いません。
それに、このひばり…もうずいぶん元気になって来たみたいですね。」
「えっ?ひばり?すずめじゃないんですか?」
「違いますよ。これはひばりです。
すずめより大きいでしょう?」
「大きいすずめかと思ってました!」
照れる山下さんが、なんとも可愛く思えた。
その時、ひばりが大きな声でさえずった。
「だめよ、しー!」
口元に人差し指をあてて焦る山下さんに、思わず笑みがこぼれた。
都会にも、こんな人がいたなんて…
山下さんのイメージが、今までとは急に変わった。
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