1ページ劇場③

ルカ(聖夜月ルカ)

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ミモザを君に…

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「美樹、いつもありがとう。」

 「……は?」

 美樹は、ちょっと戸惑ったような顔で僕をみつめる。



 「今日は、ミモザの日なんだ。
イタリアでは、日頃の感謝を込めて、女性にミモザの花を贈る日なんだって。
だから……」

 僕は、黄色い房状の花を、美樹の前に差し出した。
 美樹は、ミモザの花をじっとみつめ……



「あんたって人はもうっ!!」


 店内に、美樹の怒声が響き渡った。
その声はさながら雷みたいで僕の心臓を一瞬で縮み上がらせる。
やってしまった…
今年になってからは、美樹を怒らせるようなことは一度もなかった。
 今日だって喜んでもらえると思ってたのに、どうやら失敗だったようだ。



 「あ、あの…なんで?
ミモザは嫌い?
 外国かぶれなのが気に障った?」

 僕は恐る恐る美樹に訊ねる。



 「あのね…今日は、買い物に行くって言ってたよね?
これから新居で使うこまごましたものを買わなきゃいけないって。
それなのに、そんなに大きな花束持ってたら邪魔でしょ!
どうしてそういうことがわからないの?」

 「あ…そ、そっか……」

 僕は、そう言って苦い笑いを浮かべる。



 「本当にあんたって人はもう…それに、今はお金がいる時なんだから、こういうものは買わなくて良いの。
もったいないでしょ!」

 「……ごめん。」

 僕たちは、もうじき結婚する。
 作家志望の僕は、バイトの身でたいした稼ぎはない。
これまでも、彼女に生活を助けてもらってて、結婚してももちろんその状況は変わらないと思う。
だから、結婚しても良いものかどうか悩んだんだけど、彼女は結婚を望んだ。



 「私はあんたの才能を信じてる。
 私が、あんたを絶対にデビューさせてみせるから!」



 彼女は、力強くそう言ってくれた。
 精神的な部分でも、現実的な部分でも、僕は彼女にずっと助けてもらってる。
だから、せめてミモザの花を贈りたかっただけなんだけど、残念ながら失敗だったようだ。



 「あ、それから…これ……」

 僕は、彼女の前に小さな箱を差し出した。



 「何、これ?」

 「うん、結婚指輪。」

 「えっ!だって…あんた、お金が…」

 「うん、ちょっとバイトの時間伸ばしたから…
安いものでごめんね。」

 彼女は、箱を開け、指輪をみつめる。



 「こんなもの、買わなくて良いって言ったでしょ。
まだ揃えなきゃいけないものがいっぱいあるんだから。」

 「うん、ごめんね…」

 「本当に馬鹿なんだから…」

そう言いながら、彼女は自分の指に指輪をはめた。



 「ピッタリだわ。」

 「……うん。」

 「こういうところは抜け目ないんだから。」

 「……うん。」

 指輪は彼女の手にとても似合っていた。
 彼女は気に入ってないかもしれないけど、僕はそのことが嬉しかった。



 「……ありがと。」

 彼女は目を潤ませ、小さな声でそう言った。



 「でも、これからはこういう贅沢はだめだからね。」

 「……うん。」

 「あんたは、面白い小説を書くことだけを考えてたら良いの。
わかった?」

 「……うん。」

 「……お花もありがと。」

 彼女は、横に置いていた花束を抱き、どこか照れ臭そうに微笑む。
ミモザの黄色い房が、まるで喜んでいるように浮かれて揺れた。

 
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