1ページ劇場③

ルカ(聖夜月ルカ)

文字の大きさ
上 下
288 / 401
諦めなければ奇跡は起きる。

しおりを挟む
「う、嘘だろ~!?」

 「……ん?な、なに?」

 健人の大声で、目が覚めた。



 「起きろ、美香!
 出掛けるぞ!」

 「は?で、でかけるって…」

 「いまむらに決まってるだろ!」



 (いまむら……)



その言葉で、私の頭は覚醒した。
そうだ…今日は1月1日で…



(え……?)



ふと見た柱時計は、12時5分を指していた。



 「健人!12時過ぎてる!」

 「だから、早く起きろって言ってんだよ!」

 私達は、大慌てで顔を洗い服を着替え…苛立つ健人をなだめながら、私は申し訳程度の化粧をした。
いくら急いでいても、すっぴんでは出られない。
かなり頑張ったけど、家を出たのは12時半を過ぎていた。
 寒い中、私達は必死で自転車を漕ぐ。
いまむらに向かって…



「売れるなよ…残ってろよ…」

 健人が、呪文のように呟いているのが、聞こえて来る。



 昨夜、お酒を飲んだのが失敗だった。
 年末の福引で日本酒が当たり、私達はお酒には強くないけど飲まなきゃもったいないからって飲んでたら、泥のように眠ってしまって…
まさか、こんなに遅くまで寝てしまうなんて思わなかった。



 元日は、いつも5時起きでいまむらの福袋を買いに行く。
これが、私達の唯一の贅沢であり、御褒美だから。



 私達は、今、結婚資金をためるため、節約生活をしている。
 今年で健人は38歳、私は36歳。
もうゆとりはない。
 結婚なんていつでも出来る…私はそう思っていたけれど、健人にはある強い想いがあった。
それは、親戚たちに恥ずかしくない豪勢な結婚式を挙げること。
 健人のお父さんは早くに亡くなり、お母さんが女手一つで育ててくれたから、ずっと貧しい暮らしをしていて…なのに、親戚たちはみな裕福で、健人は従兄弟たちに会う時も肩身の狭い想いをしていたのだとか…
だからこそ、結婚式は豪勢にしたいって…
私と健人は幼馴染だけど、さすがに親戚のことまでは知らなかったよ。



 以前はとってもお洒落に気を配ってた健人だけれど、最近は好きな服も買えなくて、年に一度、いまむらの福袋を買うことだけが楽しみなんだ。
なのに、今日はこんなに遅くなってしまった。
きっと、福袋はもうない…



「なんてことだぁ~!」



 私の予想通り、福袋は売り切れていた。



 「健人…今年は…」

 「美香!隣町のいまむらに行くぞ!」

 「えっ!?」

 健人はすでに自転車を走らせていた。
 私もそれを必死で追いかける。



 「なんでないんだ~!」



 隣町のいまむらも、またその隣町のいまむらも福袋は売り切れで…
そりゃそうだ。毎年、開店と同時にほぼ売り切れるんだから。
こんな時間に行ったって、残ってるはずがない。



 「健人…無理だよ。
 残念だけど、今年は…」

 「美香!行くぞ!……いまむらはまだある!」

 「……え?」



 朝から飲まず食わずで、自転車をぶっ飛ばし…
私は正直もうよれよれだったけど、健人が諦める様子はない。
 私は遠い目をしながら、懸命に彼に着いて行った。



 ***



 気が付けば、私達は隣の県まで来ていた。
 辺りはもう真っ暗だ。



 「健人…もうすぐいまむらの閉店時間だよ…」

 「そうだな…ここになければ、もう…」

 健人が悔しそうに唇を噛んだ。



ここまでどの店も売り切れだったんだ。
ここにも残ってるはずがない。



 「う、うぉーーーーーっ!」



 奇跡が起きた。
なんと、その店には、ひとつだけ福袋があったのだ。
 台に置かれた福袋がきらきらと輝いて見えた。
 私達はそこに向かって、最後の力を振り絞って駆けだした。



 「あっ!」



 福袋まであと20歩くらいに迫った時、ひとりの男性がその福袋に手を伸ばした。



 「が、がおーーーーー!」



 健人はショックのあまりその場にくずおれ、泣きだした。



 「……えっ!?」

 男性は、振り向き、健人を見ておびえたような顔をしていた。
そりゃあそうだろう。
 健人は疲れのせいで目は窪み、寒い中走りまくったせいで髪は逆立ち、真っ赤な顔をして泣いているのだ。
 私から見ても怖い…



「がおーーーーー!」

 健人は福袋を掴もうとするあのように片手を伸ばし、男性をみつめながら泣き続ける…



「あ、あの…よ、よかったらどうぞ……」

 男性は、福袋を健人に手渡し、その場から逃げるように去って行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】いくら溺愛されても、顔がいいから結婚したいと言う男は信用できません!

大森 樹
恋愛
天使の生まれ変わりと言われるほど可愛い子爵令嬢のアイラは、ある日突然騎士のオスカーに求婚される。 なぜアイラに求婚してくれたのか尋ねると「それはもちろん、君の顔がいいからだ!」と言われてしまった。 顔で女を選ぶ男が一番嫌いなアイラは、こっ酷くオスカーを振るがそれでもオスカーは諦める様子はなく毎日アイラに熱烈なラブコールを送るのだった。 それに加えて、美形で紳士な公爵令息ファビアンもアイラが好きなようで!? しかし、アイラには結婚よりも叶えたい夢があった。 アイラはどちらと恋をする? もしくは恋は諦めて、夢を選ぶのか……最後までお楽しみください。

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

迷宮最深部から始まるグルメ探訪記

愛山雄町
ファンタジー
 四十二歳のフリーライター江戸川剛(えどがわつよし)は突然異世界に迷い込む。  そして、最初に見たものは漆黒の巨大な竜。  彼が迷い込んだのは迷宮の最深部、ラスボスである古代竜、エンシェントドラゴンの前だった。  しかし、竜は彼に襲い掛かることなく、静かにこう言った。 「我を倒せ。最大限の支援をする」と。  竜は剛がただの人間だと気づき、あらゆる手段を使って最強の戦士に作り上げていった。  一年の時を経て、剛の魔改造は完了する。  そして、竜は倒され、悲願が達成された。  ラスボスを倒した剛だったが、日本に帰るすべもなく、異世界での生活を余儀なくされる。  地上に出たものの、単調な食生活が一年間も続いたことから、彼は異常なまでに食に執着するようになっていた。その美酒と美食への飽くなき追及心は異世界人を呆れさせる。  魔王ですら土下座で命乞いするほどの力を手に入れた彼は、その力を持て余しながらも異世界生活を満喫する…… ■■■  基本的にはほのぼの系です。八話以降で、異世界グルメも出てくる予定ですが、筆者の嗜好により酒関係が多くなる可能性があります。 ■■■ 本編完結しました。番外編として、ジン・キタヤマの話を書いております。今後、本編の続編も書く予定です。 ■■■ アルファポリス様より、書籍化されることとなりました! 2021年3月23日発売です。 ■■■ 本編第三章の第三十六話につきましては、書籍版第1巻と一部が重複しております。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

乙女ゲームの主人公に転生したのに攻略対象がデレてくれません!! 

桜水城
ファンタジー
社会人で乙女ゲームにはまった私が、その乙女ゲームの主人公に転生した!?  知らない女性の声で目が覚めると、学園の入学式の日だという。 家の中を探し回って、確認した自分の姿は『フラワリング・パラドックス』という乙女ゲームの主人公のもの。   死んだ覚えもないのに異世界に転生?  ……なんて言ってても始まらないから、とりあえず中二病入ったキラキラネーム『桐亜(きりあ)』で、乙女ゲームの主人公という人生を歩き出す!  攻略を目指す対象は学園の生徒会長、パーフェクトヒューマンだけど、ドSな性格の『柊季(しゅうき)』!  全然デレてくれませんけど、本命を狙うしかないでしょう! 一度きりの人生なのだから! 

旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

劣等冒険者の成り上がり無双~現代アイテムで世界を極める~

絢乃
ファンタジー
 F級冒険者のルシアスは無能なのでPTを追放されてしまう。  彼は冒険者を引退しようか悩む。  そんな時、ルシアスは道端に落ちていた謎のアイテム拾った。  これがとんでもない能力を秘めたチートアイテムだったため、彼の人生は一変することになる。  これは、別の世界に存在するアイテム(アサルトライフル、洗濯乾燥機、DVDなど)に感動し、駆使しながら成り上がる青年の物語。  努力だけでは届かぬ絶対的な才能の差を、チートアイテムで覆す!

男性向けフリー台本集

氷元一
恋愛
思いついたときに書いた男性向けのフリー台本です。ご自由にどうぞ。使用報告は自由ですが連絡くださると僕が喜びます。 ※言い回しなどアレンジは可。 Twitter:https://twitter.com/mayoi_himoto YouTube:https://www.youtube.com/c/%E8%BF%B7%E3%81%84%E4%BA%BA%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF%E6%B0%B7%E5%85%83%E4%B8%80/featured?view_as=subscriber

処理中です...