1ページ劇場③

ルカ(聖夜月ルカ)

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私の仕事

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「タクシー!」

 通りで手を挙げ、私はタクシーを停めた。



 「このあたりの麺屋に行って下さい。」

 「麺屋?ラーメンですか?うどん?そば?」

 「……全部。」

 「ぜ、全部!?」



 運転手さんはわざわざ振り向いて、私の顔を見た。
そりゃあ、そうだろう。
 麺屋全部なんて言うお客は、そうはいないはずだ。



こんなことになったのは、私の担当ミュージシャン・真名瀬次郎のせいだ。
コンサートが済み、真名瀬は、そのまま夜の街に繰り出した。
 真名瀬はみんなでの打ち上げよりも、ひとり飲みが好きだ。
 私が同行するのさえ嫌がる。



それはまぁ良いとしても、機嫌が良いとついつい深酒になってしまう。
 昨夜がそれだ。
 真名瀬は、昨夜、記憶をなくすほど飲んで、こともあろうに、大事なバイオリンをどこかに忘れてきたというのだ。
あのバイオリンがいくらするか、真名瀬だって知ってるはずなのに、今朝の真名瀬と来たら、悪びれた様子もなく



「藤沢~…バイオリン、どこかに忘れて来ちゃった。」



そう言って、笑った。
 私はカッとする気持ちをなんとか堪え、昨夜の事情を聞いてみれば、麺を食べたことだけ覚えてた。
だけど、麺の種類さえ覚えてないっていう。



いつだってそう。
 真名瀬の尻拭いは、マネージャーの私の仕事。
だから、今日も私はこうしてタクシーに乗る。



 今回は割と小さな都市だから、飲食店も都会よりは少ない。
それでも、やっぱり探すのは大変だ。



 「ありがとうございました。もし、みつかったら、こちらにご連絡お願いします。」

 私は名刺を手渡した。



ないないない。
 何軒探してもみつからない。
 警察にも当然届けは出してるけれど、まだ何の連絡もない。



 (困ったなぁ…)



バイオリンは置いていけっていうのに、バイオリンは僕の相棒だからって、離さない。



 (私の言うことを聞かないから、こんなことになるんだ!)



 心の中で毒を吐きながら、私は麺屋をまわり続けた。



 「お客さん、このあたりの麺屋はもうこれ以上ありませんよ。」

 「そう…ですか。」



 真名瀬は会場からタクシーで10分くらいの飲み屋街で麺を食べたと言ってたけど、その記憶がそもそも間違いなのかもしれない。



 疲れた私は、目に付いた喫茶店に入った。
 古めかしい昭和の純喫茶だ。



 「あっ!」



 入った途端に、私は声をあげた。
なぜなら、レジ横に見慣れたバイオリンのケースがあったから。



 「いらっしゃい。」

 「あ!これ、昨夜、この人が持ってきませんでしたか?」

 私はスマホにある真名瀬の画像を店主に見せた。



 「そうだ!間違いない。この人だ。」

 話を聞いてみると、昨夜、べロベロに酔った真名瀬が来て、店は閉店してるのにも関わらず、扉を叩き続け、無理矢理店に入ってきて、ラーメンが食べたいと言ったらしい。
 仕方なく店主は、インスタントラーメンを作って出してくれたのだと言う。



 「交番に持っていこうと思ってたところだったんだ。」

 「本当にどうもありがとうございました。」



 見つかったのはよかったけれど、手間をかけさせやがって、真名瀬の奴…どうしてくれよう?



 怒りに燃えながら、私は喫茶店を後にした。
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