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梅酒はいかが?
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「かんぱーい!」
(にが……)
私には、ビールはただただ苦いだけで、全然美味しいとは思えなかった。
今日は、新人社員の歓迎会。
こういうのは苦手だけど、出ないわけにはいかないイベントだ。
昨年の私たちの歓迎会の日は、季節外れのインフルエンザで出席出来なかったから良かったのだけど、今年は元気だったから欠席出来るはずもなく、それで仕方なく参加した。
すみっこの席で、私はもそもそと料理をつつく。
「あれ?杉本さん…全然飲んでないじゃないですか。」
しばらくして、突然、私の傍に来たのは、春日さん。
今年入社した新人さんだ。
まだあんまり経ってないのに、こんな地味な私の名前、良く覚えてたなと少々驚く。
「あ…私、お酒があんまり飲めなくて…」
「じゃあ、もっと飲みやすいのを飲めば良いのに。
たとえば、梅酒なんてどうですか?」
「梅酒?…飲んだことないです。」
「マジ!?」
春日さんは、私の意志も聞かずに梅酒をオーダーする。
梅酒はすぐに運ばれて来て、私は、恐る恐るそれを口にした。
「……どう?」
「美味しい…!」
ビールと違って全然苦くなくて、程良い甘さだ。
しかも、香りも良い。
ふと見ると、春日さんは、なんだか機嫌の良い顔で微笑んでいた。
「あ、ゆっくりね。
飲みやすいけど、意外と度数はきついから。」
「そうなんですか?」
確かに、ぐいぐいいけそうに飲みやすい。
まだちょっとしか飲んでないのに、なんとなく体がふわふわするような感覚になって来た。
お酒を飲んだことが却って良かったのか、春日さんとはいつもみたいに緊張することもなく、楽しく会話が出来た。
それどころか、私達はLINEの交換までしてしまったのだ。
人見知りで警戒心の強い普段の私なら、絶対にしないことだ。
次の日の朝、春日さんから『おはよう!』とLINEが来た時には、なんだかちょっと自己嫌悪に陥ってしまったけど、今更、後悔してもどうにもならない。
*
『杉本さん、帰りにちょっとお茶でも飲みませんか?』
お昼休みに来たLINEにはますます困惑した。
もちろん、時間は十分ある。
でも、昨日ちょっとだけ喋ったからって、早速、呼び出すなんて…
なにやら怖いような気がして、私は返事が出来ないでいた。
「杉本さん!」
会社を出たら、春日さんがまるで私を待ち伏せるみたいにいて、笑顔で手を振っていた。
「あ、あの…私……」
「そこの喫茶店に行きましょう。」
「えっ!?」
突然、手を掴まれて、私は口を閉じる間もなく春日さんに連れて行かれた。
「これ、良かったら飲んで下さい。」
「えっ!?」
春日さんは、テーブルの上に水筒を差し出した。
「心配しないで。
……って、無理か。でも、本当に変なものは入ってないから。
実はこれ、僕が漬けた梅酒なんだ。」
「えっ!?自分で…?」
「うん、僕の故郷は梅の産地でね。
僕は、大学の時からこっちに出て来たんだけど、最初はやっぱりホームシックみたいになってね。
そんなある時、スーパーで梅を見かけたら、なんだかたまらなくなって…それで梅酒を漬けたんだ。
梅に触れてたら、本当に懐かしくてね。」
春日さんのその話は、作り話とは思えなかった。
話す時の春日さんの目はとても澄んでいて、キラキラと輝いていたから。
「あ、ありがとうございます。」
私は水筒を受け取った。
「こちらこそ、ありがとう。
昨夜、杉本さんが梅酒を気に入ってくれて、僕、すっごく嬉しかったんだ。」
そんなことを言われて、私までなんだか嬉しくなった。
次の年、彼と一緒に梅酒を漬けることになるなんて、その時の私は当然まだ考えてもいなかった。
(にが……)
私には、ビールはただただ苦いだけで、全然美味しいとは思えなかった。
今日は、新人社員の歓迎会。
こういうのは苦手だけど、出ないわけにはいかないイベントだ。
昨年の私たちの歓迎会の日は、季節外れのインフルエンザで出席出来なかったから良かったのだけど、今年は元気だったから欠席出来るはずもなく、それで仕方なく参加した。
すみっこの席で、私はもそもそと料理をつつく。
「あれ?杉本さん…全然飲んでないじゃないですか。」
しばらくして、突然、私の傍に来たのは、春日さん。
今年入社した新人さんだ。
まだあんまり経ってないのに、こんな地味な私の名前、良く覚えてたなと少々驚く。
「あ…私、お酒があんまり飲めなくて…」
「じゃあ、もっと飲みやすいのを飲めば良いのに。
たとえば、梅酒なんてどうですか?」
「梅酒?…飲んだことないです。」
「マジ!?」
春日さんは、私の意志も聞かずに梅酒をオーダーする。
梅酒はすぐに運ばれて来て、私は、恐る恐るそれを口にした。
「……どう?」
「美味しい…!」
ビールと違って全然苦くなくて、程良い甘さだ。
しかも、香りも良い。
ふと見ると、春日さんは、なんだか機嫌の良い顔で微笑んでいた。
「あ、ゆっくりね。
飲みやすいけど、意外と度数はきついから。」
「そうなんですか?」
確かに、ぐいぐいいけそうに飲みやすい。
まだちょっとしか飲んでないのに、なんとなく体がふわふわするような感覚になって来た。
お酒を飲んだことが却って良かったのか、春日さんとはいつもみたいに緊張することもなく、楽しく会話が出来た。
それどころか、私達はLINEの交換までしてしまったのだ。
人見知りで警戒心の強い普段の私なら、絶対にしないことだ。
次の日の朝、春日さんから『おはよう!』とLINEが来た時には、なんだかちょっと自己嫌悪に陥ってしまったけど、今更、後悔してもどうにもならない。
*
『杉本さん、帰りにちょっとお茶でも飲みませんか?』
お昼休みに来たLINEにはますます困惑した。
もちろん、時間は十分ある。
でも、昨日ちょっとだけ喋ったからって、早速、呼び出すなんて…
なにやら怖いような気がして、私は返事が出来ないでいた。
「杉本さん!」
会社を出たら、春日さんがまるで私を待ち伏せるみたいにいて、笑顔で手を振っていた。
「あ、あの…私……」
「そこの喫茶店に行きましょう。」
「えっ!?」
突然、手を掴まれて、私は口を閉じる間もなく春日さんに連れて行かれた。
「これ、良かったら飲んで下さい。」
「えっ!?」
春日さんは、テーブルの上に水筒を差し出した。
「心配しないで。
……って、無理か。でも、本当に変なものは入ってないから。
実はこれ、僕が漬けた梅酒なんだ。」
「えっ!?自分で…?」
「うん、僕の故郷は梅の産地でね。
僕は、大学の時からこっちに出て来たんだけど、最初はやっぱりホームシックみたいになってね。
そんなある時、スーパーで梅を見かけたら、なんだかたまらなくなって…それで梅酒を漬けたんだ。
梅に触れてたら、本当に懐かしくてね。」
春日さんのその話は、作り話とは思えなかった。
話す時の春日さんの目はとても澄んでいて、キラキラと輝いていたから。
「あ、ありがとうございます。」
私は水筒を受け取った。
「こちらこそ、ありがとう。
昨夜、杉本さんが梅酒を気に入ってくれて、僕、すっごく嬉しかったんだ。」
そんなことを言われて、私までなんだか嬉しくなった。
次の年、彼と一緒に梅酒を漬けることになるなんて、その時の私は当然まだ考えてもいなかった。
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