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不思議ちゃん

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(やっぱり降って来たか…)



 季節は梅雨…
雨が降るのは当然だ。



バッグの中に折り畳みの傘はあるけど、傘を出すのが面倒だし、喫茶店はすぐ傍だ。
 僕は待ち合わせの喫茶店に向かって小雨の中を駆け抜けた。



 運の良いことに、僕の好きな席は空いていた。
テーブルに面した窓からは、外の紫陽花が見える。
 今年は、なんだか昨年よりピンクっぽくなってるような気がする。



 二年前から、僕は、紫陽花の花が好きになった。
 紫陽花を眺めながら、僕は、二年前のここでの出来事に想いを馳せた。



 *



 仕事の帰り…僕はこの喫茶店で、カレーライスを食べていた。



 「あのぉ…変なお願いしても良いですか?」

 窓際の席に座った女性に、僕は突然声を掛けられた。
 明るい栗色の髪と、大きな瞳が印象的な女性だった。



 「えっ?な、なんですか?」

 「実は、私、今日誕生日なんです。
でも、誰にもお祝いしてもらえないので寂しくて…良かったら、お誕生日おめでとうって言ってもらえませんか?」



 彼女の言葉になんだか違和感を感じた。
 彼女は、社交的っぽいから友達もいるだろうし、可愛いから彼氏だっていそうなのに…
とはいえ、断るようなことでもない。



 「お誕生日おめでとうございます。」

 「あ、ありがとうございます!とっても嬉しいです!」

 彼女は明るい笑顔を浮かべてそれだけ言うと、急に口を閉ざし、窓の外をぼんやりと眺めた。



 僕は再び、何とも言えない違和感を感じた。
カレーを食べ終えた僕は、メニュー表を開き、いちごのショートケーキをふたつ注文した。



 「あの…良かったら、これどうぞ。」

 僕がケーキを差し出すと、彼女は目を丸くして、一緒に食べましょうと言って、僕を彼女の席に誘った。



 「気を遣わせてすみません。
でも、とっても嬉しいです。」

そう言われると悪い気はしなかった。
 僕達は、ケーキを食べながら他愛ない会話を交わした。



 「紫陽花はお好きですか?」

 「え?えっと…まぁまぁです。」

 「私…紫陽花なんです。」

 「えっ?!」

 「紫陽花の精霊なんです。」

 「はぁ……」

 彼女は、おかしそうにくすくすと笑っていた。



 結局、このことが縁で、僕達は付き合うようになったんだ。



 *



 「お待たせ~!」

 僕の物思いを破るかのように、彼女の明るい声が響いた。



 「やっぱり、雨降って来たね。」

 「そうだね…梅雨だもん。仕方ないよね。」



 彼女は、レモンスカッシュをオーダーし、窓の外に目を向けた。



 「トモ…ごめん。」

 「ごめんって、何が?」

 「……好きな人が出来た。」

 「えっ!?」



まさかこんなに唐突に、別れ話を切り出されるなんて思ってもみなかったから、僕はとにかくパニックになっていた。



 「えっと…それってジョーク?」

 「ううん、本気。
だから、トモとは今日で最後。」

 「え……」



 彼女は確かに少し変わった子ではあったけど…
嘘は吐かない。
 納得はいかないけど、きっともう決まったことなんだ。



 「ごめんね…私、紫陽花の精霊だから…」

 紫陽花の花言葉…それは心変わり…



だったら、もう仕方がない。
 悲しいけれど、僕には諦めるという選択肢しかないのだと悟った。
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