1ページ劇場③

ルカ(聖夜月ルカ)

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しょっぱい柏餅

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(ちょっと固いな……)



 何も無理して食べることはないのだが、なんとなくもったいないような気がして、僕はそれをかじったのだ。
 元々、甘いものがそんなに好きじゃないのだ。
 口の中に広がるあんこの甘味に、やはり食べなければ良かったと後悔した。



 (健人、早いな…もう8年も経つんだってさ。)



 写真立ての中で笑っている健人は、まだ8歳。小学校の3年生だ。
 身長も小さい方だったし、顔もとても童顔だったから、小1くらいに見られることが多かった。
その度に、健人はほっぺたを膨らませていたっけ。



 (生きてたら、もう中学生なんだな…
いや違う…高校生か…)



 高校生になった健人の顔が思い浮かばず、そのことが私の胸を締め付けた。



 (こんなのじゃ、もう喜ばないな…)



 部屋の片隅に作られた健人のコーナーには、昨日、プラスチックの小さなこいのぼりと今食べている柏餅を供えておいた。
そう、僕の中ではまだ健人は小3のままなのだ。
あの時から僕の時計は止まったままだ。
なのに、周りの時間はどんどん過ぎて行く。



 「おまえがちゃんと見ていないから、こんなことになったんだ!」



 健人の死後、僕は妻を責め立てた。
 妻が悪いわけではない。
きっと、健人の運命だったんだ。
そんなことはわかっている。
だけど、悲しみが大きすぎて…心が痛くてたまらなくて…誰かにそれをぶつけなければ、僕はどうにかなりそうだったんだ。



 妻と別居するようになって、もう5年経った。
どうすれば…どうすることが僕達にとって一番良いことなのか、いまだにわからない。
だからこそ、僕達は現状維持を続けている。



 妻のことが嫌いになったわけじゃない。
 元々、好きで一緒になった相手だ。
それに、健人の事故は妻のせいじゃない。



それがわかっていながら、まだ素直になれない自分自身に腹が立つ。



いつも間にか流れていた涙のせいで、少々固くなった柏餅が、しょっぱくなった。



 (健人…この柏餅、甘かったりしょっぱかったり…すごく不思議な味だぞ。)



 写真立ての健人は、何も言わずただ笑っていた。

 
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