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『愛する君へ』

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「ねぇ、浩二さん…あそこ、寄って行くでしょ?」

 「もちろんだよ。」



 浩二さんと付き合い始めて、もうじき二年になる。
 出会いはちょっと変わったものだったけど、私達は同質の人間だからなのか、付き合いはとても穏やかなもので…
まるで、ずっと昔からの知り合いみたい。
 情熱的に燃え上がるというようなことは全くなくて、とても静かに愛を育んでいた。
まだ落ち着くような年でもないのに、こういう付き合い方で良いのだろうか?と思い悩むこともあったけど、私達の間にはトラブルなんてひとつもない。
お互いに邪魔をすることも、我が儘を言うこともなく、一定の距離感を保ち、良い関係を築いていた。



 「祐子、まずいよ。
そういう人はなかなかプロポーズしてくれないし、そのうち付き合いの期間が長くなって、その挙句に別れたりするんだよ。
 今のうちに違う人を探した方が良いってば。」

 同僚の理佐子は言う。



そんなことを言われたら、やっぱり不安になるし、心はぐらつくけど…
でも、浩二さんに対して、特に不満というものもないし、二人でいると本当に楽なんだ。
 無理をすることもないし、浩二さんは私の考えてることをすぐにわかってくれるし、気が合うし。



 (そういうのが良くないのかな?)



そんなわけでついつい悩んでしまう。
でも、会えばそんなことは忘れてしまうのだけど…



いつものコーヒーショップの二階で、差し向いに座ってコーヒーを飲む。
これが、いつものデートコースの締め。



 「祐子…これ。」

そう言って、浩二さんは私の前に平べったい包みを差し出した。



 「え?もしかして…」

 浩二さんは嬉しそうに微笑みながら頷く。



 「実は、私も……」

 私は、バッグの中から、同じような形態の包みを取り出した。
 私が浩二さんに持って来たプレゼントは、本。
そして、浩二さんがくれたのも間違いなく本だ。
 今日はサンジョルディの日なのだから。
まだあまり広まってはいないイベントだけど、本好きの私にとってはとても楽しい日。
その日のことを浩二さんも知っててくれたことが嬉しかった。
 昨年は、まだ付き合い始めて間がなくて、なんとなくスルーしてしまったのだけど、きっと浩二さんもそうだったんだろうと思うと、それもまた嬉しい気がした。



 「これね、リチャード・レイガンの新作なの。
 昨日出たばかりだから、私もまだ読んでないの。
 浩二さんもまだ読んでないよね?」

 「うん、読んでないよ、ありがとう。」

 「浩二さんは何の本をくれたの?」

 「それは帰ってからのお楽しみだよ。
なるべく早く読んでほしい。」

 「そうなの?わかった。」



 *



 (何の本だろう?)



 気になって、帰りの電車の中で包みの中を見てしまった。
タイトルは『愛する君へ』
 作者は、松本浩二。



 (え?)



 速さを増した心臓をなだめながら、私はページをめくった。



 (これって……)



 始まりは、いつものコーヒーショップだった。
そこで、忘れ物の文庫本をみつける…



そう、それは、私と浩二さんの実話を元にした恋愛小説だったんだ。



 (浩二さん…いつの間にこんなものを…)



おかしな奴だと思われないように、にやけてくる顔を懸命に元に戻す。
それでも、ついつい頬が緩んでしまう…



だって、そこに書いてあるエピソードは全部本当のことで…
読む度にその時のことが思い出されて…



帰宅してから、私は手早く用事を済ませ、ベッドに横になって本に没頭した。
こんなに幸せな気分にさせてくれる本は滅多にない。
 真夜中になっても、少しも眠くはならなかった。



そして、ページが残り少なくなった頃…
サンジョルディの日のことが書いてあった。
それは、まさに今日の出来事だ。
 私と浩二さんは、お互いに本を贈り合う。



 「帰ったら、なるべく早く読んでね。」

 浩二さんは本の中でもそう言う。



 『祐子は、帰りの電車の中で包みを開いて、それが二人の物語ということを知り、帰ってからも本に没頭する。』



 (なんでもお見通しなのね。)

 思わず笑ってしまった。



 最後のページにはあとがきのようなものが書いてあった。



 『この物語は、第一章・始まり編です。
この先の第二章・結婚編も読んでみたいと思いませんか?
 読んでみたいと思われたら、どうか僕と結婚して下さい。』



 (浩二さん……)



 夜中だということも忘れて、私は浩二さんにLINEを送った。



 『第二章、ぜひ読ませて下さい!』
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