1ページ劇場③

ルカ(聖夜月ルカ)

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(おぉ、さむ……)



 分厚いコートを着ていても、寒さが肌を刺す。
 私は身を縮め、コートの襟を立てた。



こんな日は、残して来たあの子のことを思い出す。
あんな別れ方をしたのだもの…きっと、あの子は私のことを恨んでいるだろう。



あの日以来、あの子のことを忘れたことは一度もない。
 会いたくてたまらなくて、どれほどの涙を流したことだろう。
でも、私はもうあの子には会えない。
 会える資格なんてない。



 私に許されるとしたら、それは、寒い日にこうして近所の公園に来ることくらい。
 北風の吹く寒い日…薄暗い公園…
あの日のことが…あの子のことが鮮明に思い出せるから…



私のしたことが正しかったのかどうか、それは今でもわからない。
ただ…あの時の私にはそれが誰にとっても最善の方法だと思ったから…
誰のことも傷つけたくなくて…悩んで、考えた末に決めたことだった。



だけど、傷付けないなんて出来るはずがない。
あの子も、あの人もきっと深く傷付いたと思う。



そう、いつかは詫びなきゃいけない。
でも…ずっとそのきっかけが掴めない。
 会いたいけど…会うのが怖い…




「母さん!」



 私を物思いから覚めさせたのは、息子の声だった。



 「和人…」

 「何してんの?こんな寒い所で…」

 和人は駆け寄り、私の隣に腰かけた。



 「ココアを飲もうと思って、ね。」

 「どういうこと?」

 「ほら、体が冷たくなってたら、ココアがますます美味しく感じるじゃない。」

 「もう…母さんはおかしなことばかり考えるんだから。
こんなところにいたら、風邪引くよ。
 早く帰ろうよ。」

 「……そうね。」

 私はベンチから立ち上がった。



 息子は、真面目で親想いで本当に良い子だ。
どうしてそんな良い子が出来たのかわからない。



この子の父親は、私の尊厳を踏みにじり、無理矢理に私を汚した男なのに…



 ……父親の具合が悪くて、実家に戻った帰りの出来事だった。
 病院からの帰り、私は実家近くの薄暗い道をひとりで歩いていた。
そして……



誰にも話せなかった。
母にも姉妹にも、あの人にも…
そのことは私だけの胸におさめて、私は何もなかったような顔で毎日を過ごしてた。
私の心は傷付き、血を流していたけれど、でも、周りの誰にも気付かれてはいけない。
言ったらきっと大変なことになる。
忘れてしまおう…そう、きっといつか忘れられる。
そう思って、私は耐え続けた。



だけど、それからしばらくして、私は妊娠に気付いた。
 直感的に、それがあの忌まわしき相手の子だと思った。



でも…黙っていれば、きっとあの人は何の疑問も抱くことなく、自分の子だと思ってくれるだろう。
そうすれば、誰も傷付かない。



そう思ったものの、私の心は悲鳴を上げ始めた。
あの人を欺くことが苦しくてたまらなかった。



すべてを話したら、きっとあの人は傷付く。
 皆が傷付く。
だから、私は家を離れることにした。



 『ねぇ、公園に行かない?』

『えっ!?こんなに寒いのに?』

『温かくしていけば大丈夫だよ。
かくれんぼしようよ!』



 私は、のぞみの首にマフラーをぐるぐる巻きにして…



木に向かい、数を数えるのぞみを置いて、私は走った。
 走って、走って、北風の寒さも感じなくなる程走って…



「母さん、ココアには牛乳たっぷりね。」

 「え?……あ…あぁ、わかってるわ。」



 今は、申し訳ない程幸せに暮らしている。
 私みたいな罪深い女がどうして…?



 「あ、どうせならケーキでも買って帰ろうか?」

 「…そうね。」



いつか来るだろうか…
あの子やあの人に会える日が…
謝ることが出来る日が…

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