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転校生

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「あぁ、暑い、暑い…」

 美奈子は、顔をしかめてそう言いながら、制服の袖をまくりあげた。



 確かに、美奈子の気持ちはわかる。
 10月になったとはいえ、気温はまだ夏のように高いのに、長袖の制服を着せられるなんて…
昨日まで着ていた夏服が恋しい。



そんな日だった。
 景山幸也が転校して来たのは。



 「景山です。よろしくお願いします。」


 女子達の間から、溜息のような小さな声が漏れた。
このあたりにはいない、垢抜けた少年に、皆、心を奪われた。



 「……よろしくね。」

 「あ…こ、こちらこそ。」



 都会からの転校生・景山幸也は私の隣の席に座った。



 *



 「良いなぁ…景山君の隣なんて…
ね?何かしゃべった??」

 「しゃべることなんてないよ!」

 本当はすこしだけ喋ったけど、なぜだか私はそのことを隠してしまった。



 「でも、さっき、教科書見せてあげてたじゃない。」

 「見せてただけだよ!」

 男子を意識するなんて、初めてのことだった。
それほどまでに、景山幸也は異色の存在だったのだ。



 *



 「阿部さーん!」

 帰り道、名前を呼ばれて振り向くと、そこには景山幸也の姿があった。
 彼は手を振りながら、駆けて来る。
なんだろう?期待と不安に、胸がときめく。
だけど、私は出来る限りの無表情を装い、彼が来るのを待った。



 「……阿部さんも、こっちなんだね。」

 「う、うん。」

 「これって、葡萄だよね?」

 彼はあたりを眺めながらそう言った。



 「う、うん…うちの葡萄畑なんだ。」

 「えっ!そうなの!?このあたり、全部?」

 「う、うん…」

 「じゃあ、ちょっとだけ……もらっても良いかな?」

 「いいよ。」

 「わぁ、ありがとう!僕ね、葡萄が大好きなんだ!」

 彼は葡萄畑に入って行った。
 私もその後に続く。



 「すごいなぁ…葡萄ってこんな風に実るんだね。
……これってなんて種類?」

 「キャンベルだよ。」

 私は、食べても怒られなさそうな房をひとつ取り、彼に手渡した。



 「えっ!良いの?こんなに…」

 「うん、良いよ!」

 「うわぁ、嬉しいなぁ!どうもありがとう、阿部さん!」

 景山幸也は、はじけるような笑顔を見せてくれた。
 葡萄をあげたくらいでこんなに喜ばれたことなんてなかったから、なんだかすごく新鮮な気がした。



まさか、将来、私が彼と結婚するなんて、その時の私は知る由もなかった。

 
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