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闇払う陽の標

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トレルは半ば溺れかけているというのに、健気に私の言うことに従いついて来た。

その時、湖底の岩にでも蹴つまずいたのか、彼の小さな身体はバランスを崩し、水の中へ倒れこんだ。
トレルは必死になって手足を動かしもがいている。
その目は、まっすぐに私に向けられていたが、彼は決して助けてくれとは言わなかった。

やがて、激しい水音がだんだんと小さくなり…

もう少しだ…
心配することはない…すぐに楽になる…

その時、おもむろに彼の顔が水面に現れ、言葉を発した。

「助けて…」と

いや、あれは声ではなかったかもしれない。
ただ唇がそう動いただけ…
でも、その言葉は私にははっきりと届いた。

きっと最後の力を振り絞ったのだったのだろう…

その言葉を最後に、彼の小さな身体は再び、湖の中へ沈みこんでいく…
ゆっくり…ゆっくりと…

なぜだかはわからない…

自分でもわからないうちに私はその場へ行き、湖の中に揺らめく小さな身体を引き揚げた。

彼の魂は彼の身体を離れてはいたが、しかし、まだ身体のすぐ近くにいた。

私は彼の耳もとでそっとつぶやいた…

「トレル…聞こえるかい…
あんたがもしまだ生きていたいのなら、助けてあげる…
だけど、あんたが死ぬ時、この魂を私がもらう…
それで良いかい?
それで良いなら、助けてあげるよ…」

しばらくしてから、トレルの声が私の頭の中に響いた…

「助けて…僕…生きたい…」

「……そうかい、わかったよ…」

私はトレルの身体の周りで行き場を決めかねてうろうろしていた魂を彼の身体に戻してやった。



「うっ!」

ぱっちりと目を開けたトレルは、苦しそうに咳き込み、水を吐いた。

しばらくすると、何もせず冷ややかな目でただ彼をみつめていた私に向かって彼は言った…

「ありがとう…」

小さな瞳には涙がきらきらと光っていた。

自分を死に誘った私に、ありがとう…とは…

私は笑いがこみあげ、声をあげて笑った。

それと同時にこの子供がとても愛しく感じられた。
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