あれこれ短編集

ルカ(聖夜月ルカ)

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第二ボタン

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「で、でも…なんであの人ボタンなんて探してたんだろう…
ボタンくらい、付け替えれば良いのに…」

 「由香…戦争中は物資がなくてな。
ボタンひとつっていっても、今とは違ってとても大切なものだったんだよ。」

 「えっ…たかがボタンが…!?」

 今ならボタンくらいどこにでも売ってる。
あらゆる種類のボタンが溢れてる。
だから、そんなことを言われてもいまひとつピンと来ないけど…
でも、さっきの人のあの真剣な顔を思い出すと、なんとなくわかるような気もする。



 「じゃあ、ボタンをなくしたら、きつい処罰とかがあって、それであんなに必死で探してたってことなのかな?」

 「……そうじゃないよ。
あの当時は、戦争に行く若者が、ボタンを好きな人や家族に遺してたんだ。
 戦争に行けば、もう戻って来られないかもしれない。
もう二度と会えることはないかもしれない。
……言ってみれば形見のような気持ちだな。」

 「ど、どうして!?
なぜ、それがボタンなの?」

 「だから…さっきも言った通り、戦時中は物資がなかったんだ。
これといって、家族に遺せるものは何もない。
だから、せめて、自分が着ていた軍服のボタンを…って…そういうことだったんだな。」

 「そんな……」

なんだか胸が締め付けられる想いだった。
たかが、ボタンにそれほどの深い思い入れがあったなんて……



「由香、卒業式に好きな人から学ランの第二ボタンをもらうっていうのは、知ってるかい?」

 「うん、知ってる。
うちの高校はブレザーだし、今はあんまりそういうのしないみたいだけど…」

 「戦争時代のそういった習わしが、いつの間にか姿を変え、卒業式に好きな人に第二ボタンをあげるって風になったと聞くぞ。」

 「そうなんだ……」

それは衝撃的な話だった。
 中学の卒業式の時、クラスの人気者男子の周りに女子がいっぱい集まって、キャーキャー言って騒ぎながらボタンをむしってた光景を思い出した。
あの風習に、そんな悲しい起源があったなんて……



「それにしても、由香は肝っ玉が大きいな。
 幽霊と一緒にボタンを探してやるなんて……」

 「だって、私…あの人が幽霊だなんて知らなかったんだもん!」

 「……本当に少しもおかしいと思わなかったのか?」

 「……うん。」

おかしな格好をしてるなとは思ったけど、まさか人間じゃないなんて、考えてもみなかった。



 「おや?由香…ボタンが取れとるぞ。」

 「え?あ…あぁ、これはね……
あの人にあげたの。」

 「なんと!三郎さんにボタンをやったのか?」

 「うん…」

 「そうか……そりゃあ良かった……」

おじいちゃんはそう言って急に涙を流し始めた。



 「ど、どうかしたの!?」

 「きっと、三郎さんもこれで成仏するだろう。
おまえがボタンをやったのなら、三郎さんはもうボタンを探すことはないんじゃないか?」

 「え……?」

 本当にそうかな?
でも、そうなら…あのボタンで三郎さんが安心してくれたなら…
それはとても嬉しいことだけど。



 (三郎さん…どうか安らかに眠って下さい。)



 心の中で、私はそっと祈った。



 ~fin.
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