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第二章
第17話(2) 信じるか信じないかは
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「まあ……大丈夫だと思いますよ」
勇次が呟く。
「何を呑気な!」
風坂が慌ててドアを開けると、この部屋の主、億葉がのんびりとした声を上げる。
「あ、旦那さま、どうかされたんですか?」
「い、いや、それよりも大丈夫なんですか⁉」
風坂が億葉の文字通り爆発した髪型を指差す。
「大丈夫ですよ、こんなの日常茶飯事ですから」
「日常茶飯事⁉ これが⁉」
「ご心配には及びません」
「そ、そうなのですか……」
億葉がポンと両手を叩く。
「そういえば思い出しました、隊長が言っていましたね。武枝隊の方と旦那様が拙者の下を訪ねるからそこんとこよろしく、と」
「て、適当な伝達ですね……」
風坂が戸惑う。億葉が促す。
「どうぞおかけになって下さい」
「おかけにって……部屋中が結構な散乱具合ですが……」
「これは失礼……まあ、適当に見繕ってもらって……」
億葉が席を立つと、転がっていた空になったジュース瓶のケースを立てて二つ並べる。
「椅子代わりか」
勇次は苦笑しつつも、慣れた様子で空ケースに腰を下ろす。億葉が風坂に改めて促す。
「どうぞ」
「え、ええ……」
風坂は尚も戸惑いつつも、勇次の横に座る。億葉が頭を下げる。
「すみません。隊長室に伺うつもりでしたが、実験が良いところだったので、なかなか手が離せなくて……」
「どういった実験でしょうか?」
「大雑把に言えば、この隊舎ごと吹っ飛ばす実験です」
「あ、危ないことをおっしゃいますね⁉」
「残念ながら失敗です……」
「残念って! むしろ何よりですよ!」
「まだまだ未熟です……」
「まあ、失敗は成功の基って言うじゃないか、諦めるなよ」
「旦那さま……ありがとうございます」
「反省も励ましも間違っている!」
風坂が億葉と勇次のやり取りに困惑する。勇次が首を傾げる。
「なにかおかしいことがありました?」
「なにもかもですよ!」
「そうですか? 普通だよな?」
勇次が億葉に尋ねる。
「ええ、至っていつも通りです」
億葉はずれた眼鏡を直しながら答える。
「な、なんと……上杉山隊、侮れませんね」
「えっと、貴女は確か……」
「武枝隊の風坂明秋です」
風坂は席を立って、丁寧に敬礼する。
「あ、どうも上杉山隊の赤目億葉です……」
億葉はゆっくり立ち上がると、ダボダボの白衣を直すこともせず、手足もピシッとさせないまま、だらしのない敬礼を返す。風坂は一瞬渋い顔つきになるが、話を進める。
「赤目さんは上杉山隊の技術開発主任と伺っておりますが?」
「一応そうですね。まあ、この隊で肩書きなんてほとんど意味ないですけど」
億葉は自嘲気味に笑い、椅子に座り直す。風坂も腰を下ろし重ねて尋ねる。
「今回の両隊共同任務、赤目さんが責任者ということになっておりますが……正直貴女にとって専門外のことではありませんか?」
「随分とはっきりおっしゃいますね」
「こういうことは初めにはっきりさせておきたい性分なもので」
「なるほど」
風坂の言葉に億葉は苦笑する。勇次が口を開く。
「そもそも……どういう任務なんだ?」
「あら? 旦那さま、ご存じないんですか?」
「隊長から説明は無かった。億葉の指示待ちだ」
「丸投げですか。まあ、隊長も色々とお忙しいようですしね……」
「先ほどから気になっていたのですが、旦那さまというのは……?」
風坂が首を傾げる。億葉も首を傾げる。
「旦那さまは旦那さまですが?」
「はあ……」
「それがどうかしましたか?」
「いえ、なにも……失礼しました。話を進めて下さい」
風坂は軽く頭を下げ、話の続きを促す。億葉が勇次に向き直り告げる。
「今回、我々が調査するのは『きさらぎ駅』です」
「きさらぎ駅?」
「ご存じありませんか?」
「大体だけど知っているよ、ちょっと前にネット上で流行した都市伝説だろう? それって妖絶構が動くほどのことか?」
「異界に繋がるとも噂されております。あながち馬鹿には出来ません」
勇次に対し、風坂が真面目な口調で話す。勇次が肩をすくめながら億葉に尋ねる。
「その駅に向かうって言うのか?」
「そうなりますね」
「行く当てはあるのかよ?」
「いっぱいありますよ」
「い、いっぱいあるのかよ?」
「ええ、もう……片手で数えられるくらいです」
「いっぱいじゃねえだろ」
「それでも流石ですね、もう見当をつけているとは」
呆れ気味の勇次とは対照的に風坂は感心したように頷く。
「その中で最もポピュラーな方法で向かいます。早速本日の深夜から動きますよ」
億葉の眼鏡がキラッと光る。
「……まさか長野県から向かうことが出来るとはな」
長野県のある駅のホームで勇次が呟く。風坂が首を捻る。
「それも意外ですが……」
「風坂さん、どうかしましたか?」
「い、いえ、赤目さんのその大荷物……」
風坂が億葉の背負う大きなリュックを指差す。
「女の荷物はどうしても多くなるものです、あまりお気になさらず!」
「い、いや、気になりますよ! キャンプにでも行くおつもりですか⁉」
「それも悪くないですね! 冗談ですが!」
「億葉、昼間より元気だな……」
「拙者はバリバリの夜型ですから!」
「それでどうするんだ?」
「……来ました。この終電に乗りましょう」
億葉に促され、勇次たちはホームに入ってきた電車に乗り込む。勇次が尋ねる。
「乗ったぞ?」
「適当に席に座って下さい……後は寝過ごすだけです!」
「ええっ⁉ ……な、なんだか急に眠くなってきたな」
「わ、私も……」
勇次たちが眠りにつく。しばらくするとある駅に電車が止まる。勇次が眼をこする。
「うん……まさか本当に着いたのか? ん? 『もそちも駅』⁉ どこだここ⁉」
勇次が呟く。
「何を呑気な!」
風坂が慌ててドアを開けると、この部屋の主、億葉がのんびりとした声を上げる。
「あ、旦那さま、どうかされたんですか?」
「い、いや、それよりも大丈夫なんですか⁉」
風坂が億葉の文字通り爆発した髪型を指差す。
「大丈夫ですよ、こんなの日常茶飯事ですから」
「日常茶飯事⁉ これが⁉」
「ご心配には及びません」
「そ、そうなのですか……」
億葉がポンと両手を叩く。
「そういえば思い出しました、隊長が言っていましたね。武枝隊の方と旦那様が拙者の下を訪ねるからそこんとこよろしく、と」
「て、適当な伝達ですね……」
風坂が戸惑う。億葉が促す。
「どうぞおかけになって下さい」
「おかけにって……部屋中が結構な散乱具合ですが……」
「これは失礼……まあ、適当に見繕ってもらって……」
億葉が席を立つと、転がっていた空になったジュース瓶のケースを立てて二つ並べる。
「椅子代わりか」
勇次は苦笑しつつも、慣れた様子で空ケースに腰を下ろす。億葉が風坂に改めて促す。
「どうぞ」
「え、ええ……」
風坂は尚も戸惑いつつも、勇次の横に座る。億葉が頭を下げる。
「すみません。隊長室に伺うつもりでしたが、実験が良いところだったので、なかなか手が離せなくて……」
「どういった実験でしょうか?」
「大雑把に言えば、この隊舎ごと吹っ飛ばす実験です」
「あ、危ないことをおっしゃいますね⁉」
「残念ながら失敗です……」
「残念って! むしろ何よりですよ!」
「まだまだ未熟です……」
「まあ、失敗は成功の基って言うじゃないか、諦めるなよ」
「旦那さま……ありがとうございます」
「反省も励ましも間違っている!」
風坂が億葉と勇次のやり取りに困惑する。勇次が首を傾げる。
「なにかおかしいことがありました?」
「なにもかもですよ!」
「そうですか? 普通だよな?」
勇次が億葉に尋ねる。
「ええ、至っていつも通りです」
億葉はずれた眼鏡を直しながら答える。
「な、なんと……上杉山隊、侮れませんね」
「えっと、貴女は確か……」
「武枝隊の風坂明秋です」
風坂は席を立って、丁寧に敬礼する。
「あ、どうも上杉山隊の赤目億葉です……」
億葉はゆっくり立ち上がると、ダボダボの白衣を直すこともせず、手足もピシッとさせないまま、だらしのない敬礼を返す。風坂は一瞬渋い顔つきになるが、話を進める。
「赤目さんは上杉山隊の技術開発主任と伺っておりますが?」
「一応そうですね。まあ、この隊で肩書きなんてほとんど意味ないですけど」
億葉は自嘲気味に笑い、椅子に座り直す。風坂も腰を下ろし重ねて尋ねる。
「今回の両隊共同任務、赤目さんが責任者ということになっておりますが……正直貴女にとって専門外のことではありませんか?」
「随分とはっきりおっしゃいますね」
「こういうことは初めにはっきりさせておきたい性分なもので」
「なるほど」
風坂の言葉に億葉は苦笑する。勇次が口を開く。
「そもそも……どういう任務なんだ?」
「あら? 旦那さま、ご存じないんですか?」
「隊長から説明は無かった。億葉の指示待ちだ」
「丸投げですか。まあ、隊長も色々とお忙しいようですしね……」
「先ほどから気になっていたのですが、旦那さまというのは……?」
風坂が首を傾げる。億葉も首を傾げる。
「旦那さまは旦那さまですが?」
「はあ……」
「それがどうかしましたか?」
「いえ、なにも……失礼しました。話を進めて下さい」
風坂は軽く頭を下げ、話の続きを促す。億葉が勇次に向き直り告げる。
「今回、我々が調査するのは『きさらぎ駅』です」
「きさらぎ駅?」
「ご存じありませんか?」
「大体だけど知っているよ、ちょっと前にネット上で流行した都市伝説だろう? それって妖絶構が動くほどのことか?」
「異界に繋がるとも噂されております。あながち馬鹿には出来ません」
勇次に対し、風坂が真面目な口調で話す。勇次が肩をすくめながら億葉に尋ねる。
「その駅に向かうって言うのか?」
「そうなりますね」
「行く当てはあるのかよ?」
「いっぱいありますよ」
「い、いっぱいあるのかよ?」
「ええ、もう……片手で数えられるくらいです」
「いっぱいじゃねえだろ」
「それでも流石ですね、もう見当をつけているとは」
呆れ気味の勇次とは対照的に風坂は感心したように頷く。
「その中で最もポピュラーな方法で向かいます。早速本日の深夜から動きますよ」
億葉の眼鏡がキラッと光る。
「……まさか長野県から向かうことが出来るとはな」
長野県のある駅のホームで勇次が呟く。風坂が首を捻る。
「それも意外ですが……」
「風坂さん、どうかしましたか?」
「い、いえ、赤目さんのその大荷物……」
風坂が億葉の背負う大きなリュックを指差す。
「女の荷物はどうしても多くなるものです、あまりお気になさらず!」
「い、いや、気になりますよ! キャンプにでも行くおつもりですか⁉」
「それも悪くないですね! 冗談ですが!」
「億葉、昼間より元気だな……」
「拙者はバリバリの夜型ですから!」
「それでどうするんだ?」
「……来ました。この終電に乗りましょう」
億葉に促され、勇次たちはホームに入ってきた電車に乗り込む。勇次が尋ねる。
「乗ったぞ?」
「適当に席に座って下さい……後は寝過ごすだけです!」
「ええっ⁉ ……な、なんだか急に眠くなってきたな」
「わ、私も……」
勇次たちが眠りにつく。しばらくするとある駅に電車が止まる。勇次が眼をこする。
「うん……まさか本当に着いたのか? ん? 『もそちも駅』⁉ どこだここ⁉」
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